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【シロクマ文芸部】うかつな探偵

お題「消えた鍵」

「消えた鍵を見つけることだ」
長い沈黙を破ったのは、探偵のひと言だった。
「それがこの事件のキーになる。まずはそこから始めよう」
現場にいた関係者は一斉に頷き、部屋の中を探し始めた。
ただひとり、彼とバディを組んでいる私を除いて。

「おい、なんでおまえは探さないんだ?」
探偵は不機嫌な声で私に言う。
こいつはいつもそうだ。みんなが自分の言うことに従い、行動すると信じている。
しかし、私は違う。長年こいつと付き合ってきたんだ。さっきの言葉だって、たいした考えはなく、ただ沈黙に耐えられずに言ったにすぎないってことを知っている。
「いや、ちょっと考えていて……。本当にそうなのかな」
私がそうつぶやくと、探偵は顔を強ばらせた。
「ああ? なんだって?」
「だからね、本当に鍵がキーなのかな。そもそも、鍵なんて最初からなかったんじゃないか?」

探偵は、手元にある豪華な宝石箱をトントンと指で叩いた。
「なにをいっているんだ、おまえは。“宝石箱を開ける鍵はいつもこの部屋にあった”という家政婦の証言を聞いただろう? しかし、今は鍵がない。それはなぜか? 誰かが隠したか、持ち出したからだ。それ以外に考えられない」
「そこだよ」
わたしは、ビシっと人差し指を宝石箱に向けた。
「なぜそのことを家政婦が知っているか、不思議に思わないのか? 彼女は先週末に雇われてここにきたばかりで、まだあまり仕事を任されていない。それなのに、なぜそんなことを知っているのさ?」
「それは……あの家政婦がこの部屋を掃除したときにでも見たのだろう」
「掃除? この部屋を? 周囲をよく見てご覧よ。この部屋を、誰が掃除するの?」

探偵は顔を上げてあたりを見回し、不思議そうに私を見た。
「……あ、あれ? ここはどこだ?」
「やっぱり気づいていなかったか……。ここは、隠し部屋だよ。さっきおまえは考え事をしながら部屋の中をウロウロ歩いていた。そのとき偶然、部屋の壁にある隠し扉をすり抜けて、そのままこの部屋に来てしまったんだよ」
「なんだと? ではここは、普段は誰も入らない隠し部屋なのか?」
「その通りだ。だから不思議に思ったんだ。なぜあの家政婦は宝箱の鍵のことを知っていたんだろうって」

探偵は、慌てて振り返った。しかし、そこには誰もいなかった。そう、あの家政婦も。
「家政婦がいない! 否、誰もいない! みんなどこにいってしまったんだ!」
探偵は急いで隠し扉に駆け寄ったが、もう遅い。外から鍵をかける音がしたから、多分私たちはここに閉じ込められたのだろう。
「おい! ここから出してくれ!」
探偵は大きな音で扉を叩きながら叫んでいたが、返事は返ってこなかった。
「なんてことだ! どうすればいい?」
絶望してへたり込む探偵に、私はさっき聞いたばかりの言葉を投げかけた。
「そうさな。隠し扉の鍵でも見つけることだな」

おわり

(2023/07/14作)

こちらもはじめてのチャレンジです。小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』イベントに参加させていただきました。ミステリ好きなんですが、書くのは難しいですね……。


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