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取り返せないものへの祈り

詩の解説

 滑落した全身/エタニティラルバ

 昆虫の変態そのものを内包する妖精。幼虫でもなく、蛹でもなく、成虫でもない、アゲハ蝶の一生すべてを同時に顕現させる妖精。ある時代において信仰される常世神。それがエタニティラルバという、東方Projectに登場する妖精の中でも、一風変わった存在が持ちうる要素である。

 エタニティラルバの詩を書くにあたり、上記のイラストを無意識に浮かべていた。羽々斬(うーうーざん)先生の二次創作イラストで、粘膜に包まれながらも蛹からエタニティラルバが抜け出してくるまさにその時を描いた、特徴的なイラストである。しかしエタニティラルバは蝶の羽を背に持ちながら、頭は幼虫の触覚、胴体は蛹に包まれ、足は幼虫柄のスカートで包まれているといった、まるで継ぎ接ぎの出で立ちであり、それがこのイラストのモチーフと合わさって神秘的な雰囲気を醸し出している。東方Projectのゲーム内でも、このような描写はイラスト・ゲーム内演出・文章において一切ないはずで、あくまでいち作者の創作した風景であり、その奇妙なほどのマッチングが、なおさらこのイラストを輝かせている。

 もう一つ、shihou先生の二次創作イラストもかなりのお気に入りのものがある。こちらは同人誌内でしか公開されておらずインターネット上にその画像はない。同人誌のサンプルは上記で公開されていて、その四枚目がエタニティラルバだが、この同人誌にはエタニティラルバの大判イラストが2枚収録されていて、サンプルで公開されているのは俺が大好きな絵とは違う方の絵だ。けれど、こちらもアゲハ蝶の彩度の高い羽根模様を最大限に活かしたイラストレーションで、非常に良い。まるで在りし日に見た宝石のように、その輝きは懐かしさを孕んで読者の視界にまろび出る。


 エタニティラルバの詩『滑落した全身』は、これらイラストをイメージしながら書いた。それはイラストを意図して想い起こしたというより、エタニティラルバ、というキャラクターを書くとき、この2枚は無視できないほどに俺の脳内に強く印象づいていて、筆致が強く引っ張られていった。

 蛹というものを俺なりに敢えて表現するならば、それは閉塞した巣だ。その生物に刻まれた遺伝子情報や本能に基づき、もといた状態からの変化と成長を促す。蛹の殻は硬く、脱出も干渉もなるべく許さない牙城だ。しかし時が満ちれば、その表面は割れ、柔らかい、あらたな姿が大気に曝される。少しの間、羽根を乾かしたら、もう飛び去らなくてはならない。そうして地を這っていた頃とはお別れする。

 もし、人間につきものである感情、すなわち未練が、蛹から出たばかりの蝶とも芋虫とも言えない者に宿ったとしたら、それはまさに、エタニティラルバのような様相になるのかもしれない。
 地上を這っていた時分へ、食うほどにぶくぶくと太った時分に、懐かしさや取り戻しさを感じたとしたら。それは、たとえ外敵におそわれる危険を孕んでいたとしても、過ぎてみれば、唐突な成長を促された後ならば……思わず、回帰を希求してしまうのかもしれない。

 それは、
 母胎から抜け出す不安で泣き叫ぶ新生児、
 生まれたくなかったとごちる青少年、
 生まれ育った町を離れる時の果てない寂しさ、
 行き先で多くの熱を喪ったことに気づく夜、
 思い出を取り返したくなるとき、
 人生をやり直したくなるとき、
 それが、けっして叶わないことだとわかって、それでも希求してしまうとめどない本心は、思わず両手を合掌するように祈る。
 みなしごになってしまったぼくらの、返らない熱と血を、どうか再びこの手に宿らせてくださいと。

 この詩には、詠い手が芋虫なのか、蛹なのか、蝶なのかが入れ交じるような描写をふんだんに入れ込んだ。逆再生のように、時空移動のように、ホログラムのように、妖精の姿が烈しく変わっていく様を想起しながら、俺はこの詩を読む。



 勢い余って余談じみた話なのだが、この記事を書くとき、ねるぞう先生の上記新刊サンプルツイートの三枚目、モザイクに覆われたエタニティラルバが目に留まった。この絵もいっとういい。
 これを見ていると、変態の妖精のイメージやモチーフがたくさん浮かぶ。胡乱とも恍惚とも呼べる感慨をはらんでいて、ミステリアスと郷愁を思い浮かべてしまう、幼さとも成熟とも呼べない、時間を閉じ込めた世界のようで……
 とにかく、エタニティラルバを見て思い浮かべる情景的な様は、とても価値あるモチーフであり、様々な傑作を生み出しているように思う。