見出し画像

タヒチの不思議な夜

「飲まない?」
同年代の男性がカクテルを差し出した。
「ありがとう」
乾杯して口をつける。
ここはテティアロワ。
タヒチに浮かぶ太平洋の楽園だ。
ハリウッドスター マーロン・ブランドのプライベートビーチだったのだが、今は観光地として海外からの客も受け入れている。
「ここの景色は最高だろう。そう思わないかい?」
面長の男性もグラスを空けて話しかける。
「そうですね。天国に来たみたいです」
答えると、
「天国も素敵だけど、ここも素敵さ」
「まるで、天国を知ってるみたいですね」
男は話を変えて、
「あなたはどうしてここに来たの?」
と質問する。
「ずっとブランドのファンだったんで、いつか彼が愛したこの島に来たかったんです。やっと夢が叶いました」
「そうかい。ずっとここはパパの島なんだ」
この地の人に、ブランドは父のように慕われているんだと感じた。
それから一時間余り、ぼくと彼はこの島やマーロン・ブランドの映画について語り合った。
ブランドに関してはぼくもマニアックなファンなのだが、彼もなかなか知識が豊富で楽しい時間を過ごした。
「じゃ、そろそろぼくは行くね」
「またね」
そう言葉を交わし、彼は海の方へ歩いて行く。
ここには、今ぼくがいる「ザ・ブランド」というホテル以外に宿泊する所はないはずなのだが…
彼の後ろ姿が海の方へ消えていくのを見て思わず立ち上がると、
「そっと、見送ってあげてください」
スタッフのリチャードがぼくの肩を押さえる。
「だって、彼は…」
「彼はミスター・クリスチャン・ブランド。マーロンの息子さんです。素手に故人ですが、時々ここへ戻って来て、ミスター・ミブのようなパパのファンと話すのを楽しみにしてるんですよ」
クリスチャンさんが去った海の上には、満天の星が輝いていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?