瞑想しながらダンスしながら暮らしたい
先週「noteをサポートしていただいたので、誰かが泊まれるようにする」って書きました。
そしたらまた別の友達がサポートしてくれたのですが、僕はまた立ち止まってしまいました。
最初に誰かが泊まれるようにってお金をくれた友達が、
「ロクの家、泊まる条件がなんかすごいけど、無理してる感がけっこうすごい笑」
って。
そして、アイデアをいっぱいくれました。
泊まる人は無言で過ごさないといけない(沈)モクの家にするとか、合宿を企画するとか、いっそ宿泊を辞めるとか・・・。
彼の発想力はすごい。
役に立たないアイデアも含めて、ぶち壊す頭の柔らかさがとても好き。
第二、第三、第四の道を考えておけば、一本道が壊れても大丈夫。
そもそもロクの家には道がない。
イメージだけでもしておくことを大事にしているから、貴重な意見だと思っています。
マニュアル的ないらっしゃいませはしないけど、普通にようこそ、とは思います。
だけど、何をしたらいいのかわからないです。
完全には閉じていないけど、ものすごく開けられるわけでもないからです。
芸術という畑が活動の中心に来てしまっているから、上澄液でしかない自覚を忘れないようにしたいのだと思います。
命のカオスエネルギーを、ハイカルチャーのお皿に乗せる。
全然乗せられていないし、乗せようとして乗せる必要もないと思うけど、とりあえず今は床を作ったところ。
ロクの家は本当に土から床を作った。だから、最近テーブルを作ってる気持ち。
これからお皿を乗せて考えます。
一旦お金の椅子取りゲームの外に出て、自分の心臓を音を聞く。
大自然の中のちっぽけな存在が、矛盾と葛藤しながら生きる。こう思っているのが好きです。
そのうち、「やっぱ金だよ金!」と言ってるかもしれないので、僕のいう事には期待しせず、頭の体操程度に楽しんでいただけたら嬉しいです。
こんな調子で一体誰が来るんだろう。笑
だけど、僕にとってはロクの家、最高に面白い。
僕は、瞑想するとすごくすっきりする。
これから自分がどこに向かうか見えるというかそういう感じ。
瞑想体験とか合宿とかに近い環境のつもり。
だけど、瞑想会とは違う。
瞑想と共に暮らす。
ダンスと瞑想の核は同じだと思っているから、瞑想しながらダンスしながら暮らすのが僕の目標です。
後で書けたら書こうと思うけど、瞑想は瞑想会の外、美術は美術館の外、武道は道場の外でのあり方が大事だと思います。
延々とヨーゼフ・ボイスのいう社会彫刻をしているつもりの僕は、「芸術家でなくなった人がいる」だけだと思っています。
そのことにずっと無自覚だったから、どうりで疲れるわけです。
意識的に休まないとパンクしちゃいます。
とにかく、民主主義者は自らなるものだと思うけれど、芸術家は自らそうでなくなるものなんじゃないかと思ったりしています。
そんなことをぼんやり思いながら、瞑想で今を見つめる。
何もしない。
ただ内側を見つめる。
今まで歩んできた過去は大まかにわかるし、そしたらその過去は未来につながっていると思う。
そうしたら、未来の点が動かせると思うんです。
自分が移動する先を少しずつ変える。
僕は、気合も根性も嫌いで、パワータイプじゃないので、押す力は本当に弱いです。
だから、引っぱられる力で進めないかと思っています。
それが本当かはさておき、僕はそういうことをずーーーっと考えているのが好きです。
airbnbとかで宿泊できるようにしてお金を貰って、そのお金でもう一つの空き部屋に1人タダで滞在できるようにしたらいいのかな。
だけど、そんなシステムにしたいわけじゃない。
・・・・・・。
ここから先いろいろ書いたけど、よくわからなくなってきたのでおわります。
仕組みも継続もできなそうですが、瞑想しながらダンスしながらやってたら、いい感じになっていくのかなと思っています。
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