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おばあちゃんが死んだ

一昨日の夜中12時に急に母から電話が来た
お風呂から上がってケータイいじってた時に急に
普段家族とはあまり連絡取らないから、どうしたんだろ?急に話したくなったのかなとか呑気なことを考えながら電話を取った

「もしもしまだ起きてた?おばあちゃんが死んだ」
どシンプルにそう言われた。ええ?って間抜けな声が出た
「なに、どういうこと?」って口を突いて出た
どうもこうも言葉の通りなんだけどねw
その時の自分は理解が追い付かなかったんだと思う
「いや分からん。お母さんも今連絡が来てね。心臓らしい。警察も来てるんだって。」
「ああ、そうなんだ…」
「今向かってるんだけど、落ち着いたらまた連絡するね。とりあえず知らせないとと思って連絡した」
「わかった。連絡ありがとう。気をつけて行ってね」
こんな感じの会話をした。必要最低限の会話の量だった。情報も少なくて不安になった。でも話し方が急いでるし、とりあえず現場は任せようと思ってさっさと切った

電話が終わってから隣にいる相方にも一応伝えた
「なんかおばあちゃん死んだ?らしい」と他人事みたいに言ったけど、実際ほんとに他人事みたいだった。本当に死んだのかな?とすら思っていた
だっておばあちゃんは病気とか入院とかしてないし、脚が痛いとかは聞いていたけどそんなのはお年寄りみんなが言うことだし、元気なおばあちゃんだったから死ぬなんてことはありえない
ありえないなんてことはこの世にはないんだけど、ありえないじゃん、そんな急に死ぬとか、信じらんない

髪を乾かすのを忘れていたのでドライヤーした。なんかちょっと泣きそうになったけどグッと堪えた。泣いたら本当に死んだみたいじゃんって思って。
自分は地元から遠い所に住んでいて、この時間だと電車もないし駆けつけることはできないからその日は普通に寝た。起きたらこの知らせが夢でしたってオチであることを期待した

次の日中ずっと母からの連絡待ってたけど、ついに連絡はないまま1日が終わった
相方の母方の法事に参加したけど、お寺でお経を聞いている間ちょっと涙が出た
ほんとに死んだのかもと思い始めて、シャワーの時とかトイレの時とか1人になった時だけ我慢できずに泣いてた

また次の日になって、痺れを切らして母にメッセージを入れた
「今日電話できる?」って
そのあと電話が来て、「今火葬が終わって帰ってるところ」と第一声
本当にいなくなったんだとここで初めて理解した
母は泣きながら「おばあちゃんのこと気にして連絡してくれんだんでしょ?ありがとうね。お母さん辛すぎて生まれて初めて過呼吸なったりしてね。いろいろ落ち着いてから連絡するから」と。辛いのもわかるけど、自分もおばあちゃんのことについて知りたいし聞きたい。火葬の時も一言欲しかった。行きたかったのに。自分だけ蚊帳の外みたいで悔しい。
でも母は今余裕がなくてそれどころじゃないんだということも分かった。

「おばあちゃん、いつもあんたにチャプチェ作ってあげないとって言ってたよ」と言ってさらにおいおい泣いてた。そんなことは知ってる。チャプチェだけと言わずおばあちゃんの料理は全部美味しくて自分が一番いっぱい食べてた。また作って!っていつも言ってた。こんどレシピも教えてもらわないと〜って母に話したこともある。
これ以上は話せそうになかったので電話は切った

おばあちゃんにはもう会えないし、おばあちゃんの料理も一生食べられないのか
理不尽だと思う気持ちと、人が死ぬのは仕方がないと思う気持ちを行ったり来たり。頭がぐちゃっとする瞬間もあってしんどい。ため息が出る。

自分と相方がまだ恋人だった頃、母がいろいろと言ってきてうざい時期があった。ある日急に自分たちのことを受け入れてくれたんだけど、そのきっかけはおばあちゃんだった
母がおばあちゃんに、私の彼のことを認められないとか心配とかいう話をしていた時に「誰かさんも駆け落ちして母親を心配させたことあったでしょう。人のこと言えないんだからね、見守ってあげたらいいのよ」と言ってくれたらしかった
「たまにはいいこと言うよね。確かにって納得しちゃった」と母は笑って話していた
おかげで母と彼は仲良くなれたし、自分たちは先日結婚もした
おばあちゃんに彼を会わせたかったなと強く思う
あの時はありがとうねとこそっと耳打ちしたかった

おばあちゃんは私のいないところでもよく私の話をしていたらしかった
しょっちゅうその話を母から聞いていて、聞くたびにくすぐったく嬉しい気持ちになれた
今はおばあちゃんとの記憶を思い出しては寂しく思うけど、思い出があるっていうのは幸せなことだから、思う存分悲しんだり懐かしんだりしようと思う

おばあちゃんの人生が幸せであったことを願って
今までありがとう。ずっと大好きだよ!

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