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なぜ動物を描くのか

私は動物を見ると心が高まる。散歩中の犬とすれ違うとつい見てしまうし、野良猫と戯れるのも好き。旅先でも野生の動物がいたら見入ってしまう。この前死ぬまでにやりたいことリストを作ってみたら、その約半分は動物系だった(犬か猫を飼う、野生のイルカと泳ぐ、クジラを生で見る、など)。

この前も友人とお店に入った時、他のお客さんの犬と目が合って真っ先に引き寄せられた。一方の友人はあまり興味がないようだった。他にも別の友人たちに、いつかまた犬を飼いたいと言った時、ペットを飼ったことのない彼らはその感覚がよくわからないと言っていた。

どうやら動物に対する私の関心やときめきは、万人共通ではないらしい。

私には愛犬がいたけど、2ヶ月前に亡くなった。亡くなるまでの数日は看病していたけど、数日だったとは思えないくらい、涙と不安と悲しみの嵐のような、物凄い時間だった。もう会えないのは本当に辛いし、写真や動画を見返していたら涙が出る。悲しみが癒えるのにはまだまだ時間がかかると思う。

愛犬について不思議に思っていたことで、亡くなってからより際立ったのは、言葉を交わしたとがないのに強い絆があるということ。私や家族のことを静かに見守り、それぞれがどんな人間で、どんな感情かを敏感に感じ取り、理解していたと思う。直接愛しているよ、大好きだよ、とは言葉では言わなかったけど、深く愛してくれていたことは心の底からわかる。

あるところで人間は他の動物との間に線を引き、自分たちをより優れた存在として信じるようになった。自然を大量に破壊して自分たちの土地としたり、大量生産的に家畜を育てたり、害虫のように処分したりと、都合の良いように動物をコントロールしようとする。でも人間も同じ地球に住み、同じ空気を吸う、同じ動物どうし。言葉を話せること、生産的であることだけが全てではないし、それを軸にヒエラルキーを設けても意味はない。動物は彼らの方法で生きているだけであり、人間と違うからといって差別し、搾取するのはとても愚かなことだと思う。

愛犬が亡くなってから公園を歩いていた時、知らないワンちゃんが私のことをじっと見つめ、飼い主さんが引っ張っても動こうとしなかった。近づいてみると喜んで私に飛びつき、何度も顔をなめ、そばに座って撫でさせてくれた。その子が私の悲しみを理解し、慰めようとしていたことはすぐに分かった。

人間ほど賢くない、理解力がないと言って見下したり、平気で傷つけたり、乱暴な言葉をかける人たちはいる。だけど動物は、人間のように表情や言葉でわかりやすく示さないだけであって、敏感に感じとっている。人間以上に鋭い直感があるし、とても純粋な心があると思う。愛犬が亡くなってからより気付かされ、私自身も反省することが多々あったけど、動物に対する敬意がますます深まった。

最後に

私は絵をこれからも描き続けるし、その中で動物もたくさん描くと思う。私が感じ取っている動物の純粋さ、力強さ、尊さを、絵で表現していって、いろんな人たちに伝えていきたいな、と思う。

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