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〔小説〕白濁(五)

店の外で坂井は煙草を吸っていた。
「あれ、本当に来たんですね」
としれっと言う。ちょっと傷ついた。
「それじゃ、行きますか」
律儀に携帯灰皿でもみ消す。坂井の長い指の中で、携帯灰皿はコンパクトケースみたいに見えた。飄々と二軒先の焼き鳥屋の暖簾をくぐる。
「こんな近所で呑んでちゃ、みんなに気づかれるんじゃないですか?」
「いや、誰も出てこないでしょう」
カウンター席に腰掛け、坂井はハイボールを注文した。私は安っぽい活字のメニューからジントニックを選んだ。
「ジントニック?」
坂井は怪訝な顔をする。
「焼き鳥に合うんですかねえ」
「いいじゃないですか。何を飲んだって」
実は、ちょっと憧れていた。高校生のときに読んだ小説の中に、ジントニックに似たお酒を飲むシーンがあった。南の島で、恋に堕ちた相手が作ってくれるお酒。

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