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【長編小説】「独身記念日」⑶創作大賞2024

※この小説は、創作大賞2024 応募作品です。

独身記念日⑶

 ヤマシーさんは仕事を卒なくこなす女性が付けているような華奢なシルバーの腕時計に目をやり、シマサバさんに、この後研修入ってるんだっけ?と聞いた。

「久々の役職研修っすよ。普通に知らない人ばっかで人見知りしちゃうんすよね」

 役職研修、という言葉が聞き慣れずツルタは、役職研修って同じ役職が集まる研修ってことですか?と意味を聞くと、シマサバさんは、そうです、自分と同じ社内の主任たちが集まるんで、まぁ同期なら全く気にならないけど年下もいて気不味い研修っすよ、とまた渋そうに言う。

「シマサバくん、結構そこストレスに感じるんだね、繊細」

 そう言ってクスクス笑うヤマシーさんは、時々するじとっとした目でシマサバさんを見つめた。

 シマサバさんは、あぁ、まぁ…ともごもご言う間に、ヤマシーさんは二台のスマホと財布を手に持ちもう席を立つ支度をした。

「じゃ、ここら辺でお開きにしましょっか。二人でゆっくりしてください。口うるさい年長は早めにいなくならないとね」

 突然そう言い出すヤマシーさんに呆気に取られた二人は、二人して慌てて返事をする。

「シマサバくんの分も払っておくから、後で清算しよ。私ちょっと寄るとこあるから、ひょうきんもの同士、楽しく話して帰って来てよ」

「ひょうきんもの同士って」

 シマサバさんはそう突っ込みながら、オッケーです、と言い、ツルタは、ご馳走になってありがとうございました〜と急いで言った。

「とりあえずじゃあこのお茶で、独身乾杯ね!」

 最後にヤマシーさんが、ほとんど飲み干した湯のみを掲げると、三人は笑いながら湯のみをぶつけた。

 ヤマシーさんを店内で見送り、ツルタとシマサバさんはその後二人で歩いてオフィスへ向かった。焼肉屋に行くために休憩が始まる十分前に席を立ち店に向かったのもあって、案外まだ時間に余裕があったので、最短ルートではないお洒落な飲食店やペットショップが並ぶ道を案内してもらうことになった。

「焼肉うまかったですね、また、行きましょ」

「めっちゃ美味しかったし楽しかったです、ご馳走様でした」

「あ〜いえいえいえ。ヤマシーさんは、どこ行ったんすかね」

 シマサバさんは、良く晴れている薄い水色の空を見上げてそうのんびり言ったと思ったら、急におどけて怒った顔をしながら

「てか、ひょうきん者同士って、ちょっとだけ馬鹿にされてる気がするの俺だけですか?」

 と言うのに、ツルタは笑ってしまい、まぁ確かにふざけるのは好きかもですけどねぇ、なんだろう、なんか絶妙な言葉のチョイスですよね、見透かされてるというか、と言い、また笑った。

「時々、あぁいう感じ出すんだよなぁ。まぁベース優しいんですけどね」

 そう言っても何か少し根に持っていそうなシマサバさんを横目に、ツルタは、あんな器用な人になりたいもんですけどね〜、と言った。

「器用っすよね。なんか陽の顔しか見えないっていうか、こんな人いるんだ〜、って、自分も初めてこのチームで一緒になったとき思いましたよ」

「ですよね。ヤマシーさん、この営業本部でいつもめっちゃ楽しそうですし」

「そうですね、ずっとうまくやってきてそうですけど。たまに、実際ここまで来るのに苦労したっぽい噂は聞きますけどね」

「へ〜、それは、意外かも」

「ツルタさんはこれまで結構苦労しました?」

「ん〜、苦労してないと言えばしてないし、してきたと言えばしてきたんですかね」

 ツルタは、満腹になっているお腹をさすりながら言った。

「何すか、それ」

「なんか自分のことになると、よくわかんないです。シマサバさんは?」

「自分は大学時代が暗黒だったので、今は全然楽しい毎日ですよ。けど〜、営業推進に異動する前の営業企画ってとこでは、仲良く慣れない奴と大声で口喧嘩してタブレット投げつけたこととかありますけど」

「え〜、想像できない。しかも、暗黒って」

「大した話じゃないすけど、今度お話ししますよ。駅ビルの地下にあるピエールエルメのケーキ屋さん、今度休憩の時に一緒に行きません?自分超甘党なんで、あそこのチョコケーキ大好きなんですよね。甘いの食べれます?」

「あぁ、食べれますけど…」

「やった、じゃ空いた時間あったら声かけますね」

 片手でガッツポーズまでするシマサバさんの様子に、ツルタは咄嗟に、二人でですか?と聞く言葉が出掛かったが、どうも言うべきか迷ってしまい愛想笑いで返した。それってデートになっちゃわないか?派遣の自分がそんなことしたらまずいんでは?自分が考えすぎなのか、良いのか、良くないのか、などと考えていると、あっという間にオフィス直通のエレベーターで営業本部が入る十三階まで着いた。じゃあ、楽しみにしてますね!とシマサバさんは自席とは別の方向に小走りで向かって行った。

 捉えどころのないシマサバさんに一応手を振ってから、ツルタは一人になると、ぐるぐると頭に回っていたお題も立ち消えるほど自分から漂う強烈な焼肉臭に気が付いた。遠目から見える営業推進チームの辺りには、まだワタルさんしか戻っていないが、このレベルだったら絶対にバレてしまいそうだ。休憩も間も無く終わるから日光に当たって匂いを取りにも行けないし、と、ツルタはどうにかできないかと自分を問いただし、結局お手洗いにあるやたらと性能が良さそうな強風のハンドドライヤーに当たって、臭いが取れないか試しに走った。

独身記念日⑶ 終わり


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