愛吏紗のランドセルにきのこを入れた


 どうしても死にたくない気持ちは、手でぎゅっと首を絞めたり、お腹の調子が悪かったり、車が目の前をびゅんって行ったりしないと、ちゃんとあるよって言ってくれない。



 私、もし殺されるなら、愛吏紗が良い。



 愛吏紗はおっとりしていた。おっとりってのはいい言葉。トロい。トロいっていうか、話が通じなかった。アメリカに住んでたみたいで、日本語を上手くしゃべれなかった。でも、英語を話せる訳でもなかった。もちもちしていた。ううん、太ってた。愛吏紗って名前が一人歩きするくらい、名前と見た目が合ってなかった。



 愛吏紗は浮いてた。愛吏紗はからかわれることも多かった。でもね、いじめられてる訳じゃなかった。「こんな子なんだ」って皆ちゃんと理解ってた。喋り方が独特で、変で、怒った時の喋り方も怒っている気持ちの出し方も変で、それで笑われたりした。



 いや、笑っていた。私1人なら笑わなかっただろう。友達が笑っていたから。私も笑った。正しい反応だと思った。いや、許されているんだと思った。世界が「愛吏紗を笑うことはしょうがないんだよ」って笑ってる気がした。



 私と愛吏紗の家は同じ方面だった。だから、愛吏紗と帰ることもあった。愛吏紗と私とルミちゃんと紗奈はよく一緒に帰った。私と紗奈が歩く後ろを、ルミちゃんと愛吏紗が歩く。紗奈と分かれて、私がルミちゃんと愛吏紗と歩き始める。歩いていると、小さな公園がある。遊具は何もない。砂場がある。クローバーやシロツメクサが生えている。


 私はきのこを見つけた。なめこみたいな、しめじみたいな、なんだかよくわからんきのこを見つけた。ルミちゃんもきのこを見て喜んだ。



 何と言ったか理解らないが、いや、何と言ったのか思い出せないが、いや、自分が他人にどんな悪意ある言葉を投げかけたのか私は思い出せないが、私かルミちゃんのどちらかが愛吏紗のランドセルを開けた。愛吏紗は嫌そうな声をあげた。いや、あげたかもしれない。



 私はそっと、愛吏紗のランドセルにきのこを入れたような気がする。いや、愛吏紗のランドセルの上に載せたかもしれない。私とルミちゃんは笑った。愛吏紗はランドセルを振るった。かもしれない。



 有紗は「やめてよ」と言った。言ったと思う。「何だよ」と言ったかも。何度も、何度も言ったかも。その声があまりに嫌そうで、怖くなった。傷つけているのではないかと思った。



 いや、〇〇ちゃんは、いじめているんだと思ったんだよね。 〇〇ちゃんのやったことが、他の人に知られて、怒られ、失望されるのが怖かったんだよね。パパや、ママや、せんせー、あっこちゃん、勝喜。自分の好きな人が〇〇ちゃんを嫌いになるのが怖かったんだよね。



 「はいはい」「ごめんごめん」と私は言った。しょうがないなぁという声で言った。冗談であるというように言った。違うよね。愛吏紗の中で冗談であってほしかった。愛吏紗が誰かに言えば、私はもう全くいじめの主犯格だ。漫画で軽蔑していたあの女とかあの男とかと一緒だ。



 自分のことしか考えていなかった。愛吏紗の気持ちなんか1ミリも想像していなかった。傷つけたから最低なんじゃなくて、私は私のことを考えて、愛していた。それでこんな歳まで生き残ってしまった。違うね。生きちゃったんだよね。


 愛吏紗とはその日以降も普通に話した。いや、違う。愛吏紗を見ると、思い出す。自分がどんな人間か。愛吏紗の中で私がどんな風に形成されているのか想像して、吐き気がした。そんなことない。マジでそこまで浮かんでこないことが、吐き気がするほど嫌だった。本質が、本当の私が見える。わかる。愛吏紗の中にいる。


 私が気まずくとも、愛吏紗は何もなかったかのように、いつかの放課後、私にキーホルダーを渡した。私の好きなクマのキャラクターのキーホルダー。何でもないように、何にもなかったかのように。愛吏紗の中で「あれは冗談だったのか」と思わせたのは私だ。愛吏紗の傷を「まぁこんなものか」と思わせたのは私だ。


 私はいつまでも愛吏紗に殺されたい。




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