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無題

 慣れ親しんだこの海に、くたびれたスーツを着、通勤鞄を持って訪れた。  僕は職と家族を失った、何も持たない中年だ。仕事の評価は並以下で万年平社員。リストラを機にとうとう家族にも見限られ、妻は子供を連れて出て行った。  仕事と家庭以外に生きる理由はなかった。だから自殺をするつもりでこの海岸に足を運んだのだった。これ以上何も失うものは無いというのに、この海岸を前にした途端、十数年ぶりに声を出して泣いていた。 「ねー、おっさん。これ取ってくんねぇ?」  思わず肩が跳ねた。よ