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物語


※これはフィクションです。

君の物語

朝、いつもより早く目覚める
さて何を着ていけばいいのだろうか
今日はいつもより肌寒い
迷った挙句制服を手に取る
君なら”かしこまり過ぎ”って笑うだろうか
そんなことを考えながら左手に持ったボタンを右の穴に通していく

出会ったのはいつであっただろうか

いや出会ったという表現もおかしいか

君と話したのはネットの上でだけで

そのきっかけもただお互いに小説家を目指してたからで

君の声と顔は一方的に知っていたけどこちらのことは君はなにも知らなかった

君の顔と声は知ってるって言っても本名は知らないし趣味も知らないし好き嫌いもわかんない

片方が愚痴ったらそれを聞いて相手を慰める
片方が病んでたらそれを聞いて相手を褒める

片方が書いた文章を読んで
片方が書いた物語を読んで

お互い承認欲求を満たすだけ

友達なんて言えない関係

言葉のキャッチボールなんてしない

強いて言うならドッチボールだ

でもその関係が僕らはちょうどよかった


「死にたい」
「殺してよ」
「もう嫌だ」

ああ、また来たな

君が死にたくなる時は定期的に来た

この間は仕事先でうまくいかなかったこと
その前は付き合っていた恋人と別れたこと

その度君を肯定してきた

「死ぬ時は俺にちゃんと形見残してね
できれば面白いやつ」
「それは違う人に頼んでよ
俺は殺人犯になるのやだからね」
「わかる〜この世ってクソゲーすぎんだよ」

特に何も考えない
あぁ、君は死にたいんだな
ただ、それだけ

でも今回はいつもと少し違った

「もう何回もメッセージで悪口を言われるんだ」
「ついに僕の身の回りにも悪意が向いた」
「僕が死ねば全部収まるのかな」
「僕がいなくなればいいのかな」

いつもより膨れ上がる絶望

君に向けられた悪意は知っていた

それに抗う君も知っていた

いい情報を送ったりして陰ながら支えていた

大々的に相手を刺激することでさらに悪意が燃え上がるのが嫌だったから、陰でしか支えられなかったけど

君のために行動したつもりだ

君の疑問に答えることはついに出来なかったけどね


でも君は慕ってる人もたくさんいるし

ネット上でも友人は多いから

またすぐ元に戻る

そう思ってた
 


無意識のうちに思ってた


「じゃあね、形見は自分で取りに来て」

突然そう告げられて

事態を飲み込むのに時間がかかって

ああ、いったのか

そう気づいたとき頭が真っ白になった 

 
元々「死にたい」と言う人に「生きること」を強制する人が嫌いだった

死にたいことを強く望む人がいて

その意見を何も無しに否定する人が嫌いだった

なんでそんなこと言うんだろう、

ずっとそう思ってた
 

「何言ってんだよ笑、俺君が今どこにいるか知らないぞ?」

震える手で文字を打って
泣き出しそうになりながら笑ってるフリをする

ああ、もう会えないというのはこんなにも寂しいのか

だから、みんな「死にたい」と言う人を「死ぬな」と叱るのか

別れたくないから否定するのか


メッセージが返ってきたのは数日後だった

「はじめまして。このアカウントの持ち主の兄です。」
「唐突で申し訳ないのですがこの病院に来ていただけますか。」
「おはなししたいことがあります。」

添付されたマップには知らない病院

「今週の土曜日にお伺いします」

君のアカウントにこんなかしこまった文を送ったのは初めてだな

場違いな感想が頭を流れる

不思議と不安も疑いもなかった

彼は君の兄で形見を渡したいからよびだしたんだな

それにしか思えなかった


病院へスマホの地図を片手に向かう
やっぱり私服で行けばよかったかな
足元を冷たい風が通り過ぎる
ほんとに今日は、いつもよりも寒い

「こんにちは」
いつもよりいくばかりか上擦った声が出る

僕はどうしたら良かったんだろうか

「…こんにちは」
メガネの男性、彼が兄なのだろう

君に「死ぬな」と言えば良かったのだろうか

「驚いたよ」
その言葉に思わず視線を下げる


「君、女の子だったんだね」
私は制服のスカートを強く握りしめた

「生きてくれ」と願えば良かったんだろうか


彼のお兄さんと話をした

自分は彼と友達だと思っていたこと

性別は自衛のために偽っていたら言い出す機会を失ってしまったこと

彼はネット上で嫌がらせを受けていたこと
自分は助けたかったこと

彼の形見を受け取る約束をしていたこと


それまで取り止めもなく生まれる言葉に真顔で相槌を打っていたお兄さんが“形見”という言葉を聴くと眉を顰めた


「まだ……まだ形見じゃない」


「え…?」

「まだ死んでない。未だ昏睡状態だがこいつは…弟の心臓は、まだ動いてる」

小さく強く紡がれたその言葉は
彼が死んだ時より驚きを与えた

「生きてるん…ですか」

お兄さんの言葉は私の周りに薄い薄い膜を広げていく

「生きてるんじゃない、生かすんだよ」

でもその膜を破ったのもまたお兄さんだった

「生かす…?え、でも彼は…彼は死を望んでいたんですよね?」


「そうだが?睡眠薬を多量に飲んでの自殺未遂。こいつは死にたくて死のうとした」 


「なのに…死ねなくて、彼は悲しまないでしょうか…


「?何を言ってる、当たり前だろう」


「は…?」


「誰だって本気で死にたいなんて思わないだろう」


「っ…!」


「誰だって生きてりゃ生きたいと思うだろう」


顔が歪む
声が上ずる
頬が引き攣る

空気が滲む

「…っすいません!!」

走って病室をでる

頭の中は混乱しかない


息が切れる
涙が溢れる

着いたのは屋上だった


「屋上で泣いているなんて
まんま青春漫画じゃないか」


ドアを開ける

この時突き刺さるはずの冷風がふと生温く感じたのは

この体が熱を持っているせいだろうか
君の声が聞こえた気がしたからだろうか

誰だって本気で死にたいなんて思わないだろう
誰だって生きてりゃ生きたいと思うだろう


お兄さんの言葉がひたすら頭を駆け巡る


大量の涙が溢れ、抑えきれない嗚咽が漏れる


「なんで君が泣くの」


彼の声が聞こえる


そんなのこっちだって知りたいさ


わからない

自分の心が

わからない

お兄さんが

わからない

君は本当はどう思ったのか

私は膝を抱えて泣くしか出来なかった


「こんなところにいた」
響く声
数回しか聞いてないのに嫌に耳に残るテノール

「君との話はまだ終わっていない」

まだ私は追い詰められるのか

君のお兄さんだから

友達のお兄さんだから

嫌いたくなかった

嫌われたくなかった

だから

だからもう話しかけないでよ

ずっと顔を伏せていても
ずっと黙っていても
立ち去ってくれない
放っておいてくれない
無言のまま
ただひたすら私が答えるのを待つ
変に真面目なところは君に似てるかもしれない

観念して顔を上げる
髪は涙で頬に張り付くし、目元は擦ったせいでジンジンする

「なんの御用ですか」

鼻を啜って言葉を吐く

無意識に棘が混ざる

ああこんな態度がしたい訳じゃないのに

「君にわたすものがある」

紡がれた言葉

驚いている間に渡されたのは原稿用紙

数枚がホチキスで止めてある

端っこに、小さく書かれていたのは私のアカウント名

「なんですか、これ」

「遺書」

「は…?でもいきてるって…」

「生きてるさ。でもいつ目覚めるかはわからない。


この先一生目覚めないかもしれない」

「っ…!」

「自殺未遂も本当、昏睡しているのも本当、生きているのも本当。だが実は回復の兆しはあっても意識が戻る様子がない。
…で、その紙は弟が遺書…のつもりで書いたものだ。そして、同時に…遺作にもなる予定だった。

俺はあいつがいつか目覚めると信じたい。
だから…だからこれは君に持っていて欲しい。」

呆然としたまま目は原稿用紙に移る

見慣れた字と初めて見た名前

これは…君の物語?

「君は…あいつを死なせてやるべきだと思うか?」

「え…?」

「さっきから君の顔が「死なせるべきだ」と言っているからな」

「それは…」

「まぁもしかしたら死なせてやるべきなのかもしれないな


…でももう俺が決めたことだ。

自分勝手だろうとな。」


立ち去る背中

…彼も、悪い人ではないんだろう

確かに今の世の中の倫理観は死にたいと言ったからと言って死にゆく命をそのままにするのはよしとされない

私だって目の前に死にそうな人がいたら助けたいと思う


…これは私の自己満足なのだろうか

その死にゆく人が死にたいと望んだのなら

私はその人を死なせられるだろうか


私は答えを見つけられないまま、帰路についた

朝、いつものように目が覚める
またいつも通りの日々が始まる
今日は昨日より暖かい
学校に行くために制服を手に取る
“普通の女子高生”を演じるために
行きたく無さが現れる、ゆっくりとかけられたボタン


あれから何度も考えた

私はどうするべきだったのだろうか

これからどうするべきなのだろうか

倫理観と死生観

法律と理想

理性と願望

いくら考えても正解は見つからなかった

でも私の解答は1つできた


通学カバンにファイルを突っ込む

中身は形見になり損なった原稿用紙

何度も読んだ書きかけの物語

登場人物は2人だけ

絵描きを目指す2人だけ

                 、、、
世界が嫌いな男の子と世界を知らない女の子の話

カバンにはノートに書き殴られたスピンオフ

友人視点の物語

辛いと嘆く主人公をそばで見守った友人の話

…君は起きたら何を思うだろうか

死ねなかったことに絶望するのか

また何もかもを捨ててしまうのか

でもとりあえずこの作品は完成させてくれ

僕はすっかりこの話のファンなんだ

死ぬならその後にしてもらわなくては


自己満足?上等だ

君が死んだのも自己満足

お兄さんが助けたのも自己満足

君ら兄弟にこれだけ振り回されたんだ

一個くらい私のわがままもきいてくれ

それが終わったら話をしよう

そして死にたいなら死なせてやろう

殺してくれと願うなら殺してやろう

生きたいなら一緒に生きよう

どうなってもいい。覚悟はできた

お弁当を片手にリュックを持って駅へ向かう
もう一枚持ってくれば良かったな
外の空気はやっぱり冷たい
でももう春が始まる


生暖かい風が通り過ぎる


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