見出し画像

世界でたった1人だけを好きで居られる人間になりたかった

世界でたった1人だけを好きで居られる人間になりたかった。
自分だけは違うと信じていた。1人だけを好きでいられると思っていた。
ろくな恋愛遍歴のない私が現実を直視しないための、唯一の心理的な砦だった。

地下アイドルの世界で『DD (誰でも大好き) 』という言葉を知って、その気持ちをいっそう強めた。


2017年の秋、Twitterで見つけた1枚の写真がきっかけだった。無限に広がるインターネットの中で彼女を見つけた時は、彼女の辿ってきた道に自分を重ね、彼女の綴ることばに無限の共感を覚えたものだ。だが結局は、あなたが好きだ、あなたに会いたいが中心になった。所謂『ガチ恋』である。「地下アイドルという趣味は必ずガチ恋から始まる」という方もいるが、本当にその通りだと思う。


好きという気持ちだけで会いに行くことが許されて、相手もそれを快く受け入れてくれる。たったそれだけの事に、どれほど救われるものだろう。どれほど得難いことだろう。

*

だが幸せなだけの時間は、終幕を迎える。

2022年の3月27日、彼女はライブハウスの舞台を降りた。
反対に私は、観客席に残るという選択をした。自分を守る為だった。もう2度と彼女には会えなくなるのかもしれないと思うと、残りの人生の途方もない空白が恐ろしかった。愛すべき誰かもなく、ただ生きるために生き、死んでいく孤独。これほど恐ろしいものはない。

好きという気持ちだけで会いに行くことが許されて、相手もそれを快く受け入れてくれる。

そういうあてを、探し求めた。
あては無限にあった。男と女で成り立っている業界でもあるのだから。

恐ろしいことに、ポケットに入るほどちいさな写真に写る人物は、ひと月もしないうちに2人目 3人目 4人目と増えていった。


「会える機会を必ずつくるという言葉を、嘘にはしない」

ステージを降りた翌日に公のものとして綴られた言葉は、こう締めくくられていた。実際どうであるかよりも、どうあってほしいのか、今どういう気持ちなのかという心の部分に寄り添い続けた彼女らしい、嘘のようにやさしい言葉だった。

やさしすぎることばを、信じることが出来なかった。

*

あなたは優しすぎる。一言一句すべてが、自分以外の誰かのために紡がれる。あまりにも優しすぎて、あなたの言葉を何ひとつ信じることが出来ない。

でも、あなたは約束を守った。自分で誓い立てた約束を嘘にはせず、今も守っている。自分を削りながら。

どうして私は、信じることが出来なかったのだろう。
もし信じることができたならば、結果は違っていたのだろうか。


あなたが連れてきたこの世界に居残って、たくさんの "好き" を見つけた。根拠と理由さえあれば、それが見えたとき誰だって好きになれてしまう。人はきっと、理由に恋をするのだろう。


魅力のない人なんて居ないのだ。人前に、人気商売で立ち続けている人なら尚更に。そして地下アイドルという世界では「恋をするだけの理由」がとても綺麗に、しかも無限に陳列されている。僅かばかりのお金と引き換えに、無限に選び取っていい。

つまりは、私は一途な男ではなかった。

一途というのは美しい。
世界でいちばんだとか、大好きだとか色々な言いようはあるけれど、いずれにしても『あなただけ』の重みには遠く及ばない。

順位が付けや比較ができるなら『顔が好き』『性格が好き』などの基準が存在するはずだから、いつか追い抜いてしまう『誰か』が現れるかもしれない。理由や条件つきのものが果たして『あなたが』好きなどと呼べるものだろうか。


一途は違う。比較の対象にすらならない。『それ』が全てであり、それ以上もそれ以下もない。1にして全の世界なのだ。外部の人間の干渉余地がまったくない。


なんと美しい世界だろう。


だから、いいよなあ、一途って。
なれたのに、バカだからなり損ねちまった。


それでもまだ、あなたを "好き" で居続ける資格はありますか

ねぇ、-

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?