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三者三様ハロウィン問答

 10月31日、ハロウィン。あの世とこの世の境界が曖昧になり、悪霊達がこの世にやってくる。子供達が悪霊に連れ去られないようにする為に、子供に悪霊と同じ格好をさせ、悪霊を追い払った。

 現代社会ではハロウィンの起源も知らないような大人達が街中ではしゃいで迷惑を掛け、それが問題視されている。その騒ぎを煽るような報道も問題だと思うが、それはさておき……ここ、紫野原魔法探偵事務所はそうした喧騒からは掛け離れた場所に存在している。しかも居候達はハロウィンの存在すら知らなさそうな異世界人である。

 そんな彼らに「トリック・オア・トリート」と言ったらどうなるか……。それが気になった私こと紫野原翠はアマゾンの奥地……へは向かわず、家の中で居候達に実際に言ってみる事にした。


・検証その1 ディサエル

「ディサエル! トリック・オア」
「トリート」

 厨房にいたディサエルに言おうとしたら、最後の部分を取られたうえに、目の前に美味しそうなお菓子を差し出された。

「スイートポテト、紫芋のタルト、カボチャプリン。どれでも好きなだけ食っていいぜ。食いたいんだろ?」

 ディサエルは異世界の神である。しかも創造神。だからなのかは知らないが、料理を作るのも好きかつ得意で、お菓子作りだってお手のもの。三ツ星レストランのシェフやパティシエも顔負けの美味しい料理やお菓子を作ってくれる。
 それだけではない。ディサエルはこちらの心を読む事もできる。だから私の“お菓子を食べたい”という気持ちを察し、こうしてすぐにお菓子を作って差し出してきたのだ。

「どうした? 食わねぇのか?」
「食べます。いただきます」

 私はディサエルから美味しそうなお菓子の載ったお皿を受け取った。うう、どれから食べよう。

「紅茶も用意しようか?」
「お願いします」

 私はぶんぶんと頷いた。ディサエルに胃袋を掴まれたら、もう逃げる事はできないのだ。

「それじゃあ用意するから食堂で待ってろ」
「うん。ありがとう」

 検証その1の結果。美味しいお菓子と紅茶をいただいた。


・検証その2 スティル

「スティルさん! ト」
「トリック・オア・トリート!」
「……」

 廊下ですれ違ったスティルに言おうとしたら、先に言われた。勢いよく、満面の笑みで。

「どうしたの、翠? ほら、トリック・オア・トリートって言ったんだから、何かする事があるんじゃないの?」
「えーっと……」

 スティルはディサエルの双子の妹で、彼女もやはり異世界の神である。姉のディサエルと同じく私の心を読む事ができるから、“トリック・オア・トリート”という言葉を知っていても不思議ではない。しかしディサエルとは違い、こちらは破壊神。お菓子を出せなかった場合のイタズラは一体何が起きるのか。未知数すぎて恐ろしい。

「今お菓子持ってないので、何か持ってきますね」
「ええ~。今出せないならイタズラするしかないな~」

 なんて言って、イタズラする気満々の笑みを浮かべるスティル。ううん……。流石にこの屋敷を破壊する、なんて事はしないだろうが、心配である。

「ふふ。何か壊さないかって心配してるの? 大丈夫だよ。それじゃあイタズラの域を超えてるもん」
「そ、それじゃあ、甘んじてイタズラを受け入れましょう」

 お菓子が手元に無いのだから、仕方がない。いくら破壊神とは言え、私が本気で嫌がる事はしない。それくらいの良識は持ち合わせて……。

「翠が本棚の奥に何を隠しているのかロクドトに教えてくるね」

 血の気がサッと引いた。

「待ってください。それはイタズラの域を超えています」
「ええ~? 何も壊してないのに?」
「物理的に壊す壊さないの問題ではありません。そもそも何でそれを知って……いや、そうか……」

 A.心が読めるから。

(たぶんこれディサエルも知ってるんだろうな……)

 この際双子に知られた事はいい。問題はそれを勝手に他者に教えようとする事だ。

「個人の趣味を勝手に他人に開示するのは、場合によってはその人との関係を壊すようなものです。なのでイタズラの域を超えています」
「ふぅん。そっか~。翠は知られると不味いものを隠し持ってたんだね~。それは知らなかったな~」
「……え?」

 スティルはくすくすと笑った。

「翠が自分の部屋の本棚に何かを隠してるのは知ってるけど、流石にその“何か”が何であるかまでは詮索しないよ。何て言ったっけ? プライバシーの侵害ってやつ? だから翠が何も言わない限り、わたしもディサエルも、その内容までは知らないよ。あ~あ。でもこれで内容を知られるとそうやって慌てる程のものを隠してるって事がわかちゃったな~。置いておくスペースがそこしかなかったとか、他のものを置いていく内に、結果的に奥に隠されるような形になっちゃったとかじゃないって事がわかちゃったな~」
「ちょ……ちょっと待ってください! え、あの、スティルさんは本当はあれらの内容を知っている訳ではないんですね……? それとも知ってるけど知らないと偽ってるんですか……?」
「さ~て、どっちでしょうか。ふふっ」

 そう言ってスティルは笑いながら自分の部屋へと入っていった。

「どっち……? どっちなんだ……?」

 検証その2の結果。妙なイタズラをされた。


・検証その3 ロクドト

「あ、ロクドトさん、お菓子ください」
「……何故何かを諦めたような顔で菓子をねだるのだ?」

 調合室にいた、我が家で唯一の男性ロクドトに声を掛けたら不思議そうな顔をされた。

「ええ~。だって、どうせロクドトさんにトリック・オア・トリートって言っても伝わらないじゃないですかぁ」
「どうせとは何だどうせとは」
「じゃあ、お菓子をくれなきゃイタズラするぞって言われたら、何て返しますか?」

 ロクドトは少し考えてから、こう答えた。

「菓子が欲しいのなら、回りくどい言い方はせずに素直に菓子が欲しいと言えばいいだろう。と返すな」
「ほらぁ、どうせそうなるじゃないですかぁ」
「だからどうせとは何なのだ」

 ロクドトは嘆息した。

「とにかく、キミは菓子が欲しいのだな?」
「くれるなら貰います」
「そうか。だが残念だったな。生憎菓子を持ち合わせてはいない」
「じゃあイタズラします」

 私がそう言うと、ロクドトは元から鋭い目つきを更に鋭くさせた。

「キミ。それは誰かの入れ知恵か?」
「え? まぁ、入れ知恵と言えば入れ知恵になるかもしれませんが……」
「スティルから何か言われなかったか?」
「さっきトリック・オア・トリートって言われましたけど、それが何か?」
「それ以外に何か言われてはいないか?」

 一体全体彼は何が言いたいのだろうと、私は頭を捻った。どうやらロクドトは、私がスティルから“トリック・オア・トリート”という言葉、もしくはお菓子をくれなかった場合イタズラをしてもいい事を入れ知恵されたと考えているようだ。そして他にも何か言われなかったかどうかが気になるらしい。

(もしかして……)

「ロクドトさん、さっきスティルさんからイタズラされたんですね? 誰にも知られたくないような事を、スティルさんが知っていて、それを私に教える。そういった内容のイタズラを」

 私が訊くと、ロクドトは狼狽し始めた。

「何故キミがそれを……! もしや、キミもスティルに……」
「はい。ついさっき同じようなイタズラをされました……」
「……キミも、彼女には苦労するな」
「ええ。スティルさんにはどうにも敵いませんね」

 検証その3の結果。被害者の会が結成された。


「結局、ちゃんとお菓子くれたのディサエルだけだったよ」

 ディサエルにお菓子のおかわりを所望した私は、食堂でカボチャプリンを食べながら検証結果をディサエルに話していた。

「むしろ、あの二人が素直に菓子を出すと思うか?」
「……言われてみれば、確かに」

 カボチャプリンを一口食べるごとに、口の中にカボチャの甘さが広がる。ふふふ。これをタダで食べられる私はなんて幸せ者なんだろう。

「お前は本当に美味そうに食うよな」
「だって、美味しいんだもん」
「ありがとな。気に入ったならまた作るぜ」
「いいの!? ありが」
「ただし」

 ディサエルが私の言葉を遮った。

「オレの為にクシュケとバリアムスのタルトを作ってくれたらな」
「……ごめん、何て?」
「クシュケとバリアムスのタルト」
「何それ」
「ウルドゴラスの家庭料理だ」

 全くもって聞いた事の無い名前。それが意味するところは一つ。

(異世界の料理を要求してきやがった……!)

「それじゃあ頼んだぜ」
「いやいやいや。待って。それレシピとか材料とか」
「頑張って作ってくれよな」
「待って~!?」

 ディサエルはひらひらと手を振りながら、食堂から去っていった。

(いや、どうしろって言うんだよ……。スティルさんかロクドトさんに聞けば何か分かるかな……)

 まとめ。結局はイタズラされた。

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