ジシジシする - エッセイシリーズ『名前をつけてやる』
まえがき
この文章は今まであえて考えてこなかったモヤッとした違和感に、名前をつけることで考えやすくしようというエッセイです。
#cakesコンテスト に参加するために書きました。
コンテストは10月の間開催されるようですので、10月の間週一程度のペースで書いてみようと思います。
本文
哲学は、経済的に安定している社会でこそ発展するものらしい。
古代ギリシャではソクラテス、プラトン、アリストテレスをはじめとする多くの哲学者がその頭脳を哲学に傾けた。
ギリシャ語は物事に名前をつけることを得意とした言語であるらしく、ソクラテス以下多くの哲学者たちも自分の概念に新しい名前をつけて呼び表した。
例えば、物の本質をプラトンはイデア、アリストテレスはエイドスと呼んだ。
これが指しているものは、本当のところ同じものだったのかもしれないが、呼び分けた。
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この連載で、自分も新しい呼び名を作ろうと思う。
名前には魔力がある。それがまるで、数えられるものであるかのように脳内で処理されるのだ。
昔の人は妖怪に名前をつけた。そうすることで妖怪を数え、恐怖を退けたのだ。自分もそうする。それがこの連載だ。
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ジシジシする:特に倫理的なことについて、自分の意志と違う結論を、受け入れつつも内心穏やかでないさま。
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出生率が落ち込んでいる。
一般に言う出生率とは、合計特殊出生率を呼びやすくしたものであるらしい。
合計特殊出生率は、一人の女性が一生に産む子供の数の平均である。
Wikipediaに載っていた数値では、2014年の日本の『出生率』は1.42。子供は男女2人によって作られるから、このままのペースだと人口が減ってしまう。
人口が減ることは日本の国力を下げる要因になりうる。
単純に労働力でもそうだし、労働力はロボットとかで補えたとしても、文化・芸術・政治などの面で人間の数はある程度欲しい。
そしてまた、『ハイペースの』人口減は社会保障のバランスを崩しかねない。要は、年金問題である。
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そこで日本人は多くのリソースを割いて、出生率向上をはかっている。
例えば、労働環境の改善であり、例えば、地域ぐるみの子育ての仕組みづくりである。
それはいい。疑いもなくいいことだ。
いいことなのだが……、
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ジシジシする。
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そもそも子供を作るということは、国力のために行われるべきものなのか?
それは『国が先』の思想である。国があって自分たちがいる、という思想である。
一つの解ではあろうが、なんの疑問符もつけずに話を進めて良い問題では、ない。
『国が先』『人が先』のどちらが優先されるべき思想なのかは、自明ではないのである。
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『人が先』の思想(個人が集まって国を形成しているという思想)に適合するように出生率問題を言い換えることはできる。
子供を作るのは個人の自由であるが、労働環境などがそうさせない。適切な労働環境を作ることが、『人が先』にもつながる。よって出生率向上は必要である、とこのような言い換えだ。
この論は少々ややこしい。個人の自由(出産)を守るために、『出産が望ましい』という環境(強制ではない)を作ろうということである。
それはいいのだが、個人の自由は自由である以上、『出産しない』がわにも与えられなければならない。
さきほど自分は、
子供を作るのは個人の自由であるが、労働環境などがそうさせない。
ということを問題として書いた。
今度は、
子供を作らないのは個人の自由であるが、周囲の環境がそうさせない。
ということが問題として挙がってしまうのである。
一言で言えば、自由と言いながら片方にインセンティブを与えすぎるのはどうか、という問題だ。
……と、いう点がややこしい。よって子供を作る政策は『人が先』にも適合するよ、という意見は、やはり自明ではないのである。
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そう、自分がジシジシするときに、そこには『自明』という言葉がある。
本当は自明ではないことを、自明であるかのように進めなければならないとき、自分の心はジシジシする。すごくジシジシする。
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欲しいものは議論である。
出生率なら出生率について、母と子について、父親について、同性婚や性的少数者について、労働環境について、個人と国家について、もっともっと議論したい。
しかし現実にはそれは難しい。時間やら予算やらマンパワーやら、とにかくこの世は有限で、やることなすこと速度が求められるのである。
だからただ、ジシジシしている。
ジシジシしながら生きていく。
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