写真、エッセイ、小説

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瀬戸内の小径

広島県の呉市に、大崎下島という島がある。本土からは、幾つかの島が橋で繋がっていて、車を数十分も走らせれば着くことができる。この島で、二つの面白い町並みを見ることができた。一つは、御手洗(みたらい)地区と言って、江戸時代からの海運の中継地としての町並みが残っている観光名所である。もう一つは、大長地区であり、御手洗から車で数分の位置にある。大長には、島唯一のスーパーがあり、海側から扇状に家が広がっている。御手洗のように、はっと目を引くような建物や統一された町並みがあるわけではない

    • またどこかで、遠い記憶が揺らめき

       随分とゆっくり歩いてきた気がする。自分以外に歩いている者などいない心細い山中のアスファルトの上に立って、それでも別に構わないと楽観的に強がりつつ、いま来た道を振り返った。宿の人に頼めばバス停まで迎えに来てくれるのだけれど、急ぐ理由はどこにもないからと意地を張った。八月の終わりだった。山あいの道には、まだまだ暑さがついて回る。道路の両脇は一面、背の高い木が生えていて、日差しが遮られるのが救いだった。体力がないせいでどうしても歩みは遅くて、その日の旅館への道筋には、否応なく、緩

      • 抱擁

         私鉄沿線、かろうじて急行が停まる規模の駅から歩いて十分のところにある部屋だった。三階建てのアパートメントで、二階と三階にそれぞれ五つの部屋がある。一階には貸しテナントが三つ、クリーニング店と美容室が右側と真ん中に入っていて、左側の部屋の壁には空室の張り紙が貼られていた。私の部屋は、三階の角部屋だった。ベランダは東に面していて、北にも窓があった。駐車場がついていることを譲れない条件として、不動産屋が紹介してくれた中から一番安い部屋を選んだ。悪い場所ではないですよ、日当たりは午

        • 本と連れだって

          どこに行くにも、本を鞄にしのばせる。 誰かと飲む約束がある夜も、わたしは本を持って、いそいそと出かけていく。 では、それを読むのか。まず、読まない。 読まないくせに、家を出るときには、どの本がいいか、悩む。単行本は重い。新書の気分ではないな。文庫の小説にしようか、いやこれは寝る前にベッドの中で読みたい。ふむ、どうしよう。 本を持っていると、安心する。それに、万が一のためだ(なにが?)。 本が鞄に入っていないと、妙に不安である。荷物が軽くてどうも心許ない。 「積ん読」と

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        瀬戸内の小径

          寄り道喫茶モーニング

          大分の旅を終えて、フェリーで神戸に着いた。 まだ早朝6時台のことである。 眠いし、お腹も減った。 そのまま真っ直ぐ家に帰って、ゴロンと寝そべりたいほど疲れていたが、せっかく朝早くから神戸にいるのだから、どこかに寄らない手はないのではないか。おとなしくしておけばいいものを、わたしは天邪鬼な性格なのである。 実は神戸の街をほとんど知らない。 洒落た街、というイメージがある。旅行帰りでヨレヨレのデニムを履いているのが申し訳ないと思った。 しかしなんにせよ、喫茶店でモーニングセッ

          寄り道喫茶モーニング

          小田原紀行

          このあいだ、小田原にはじめて行ってみた。   町田から小田急ロマンスカーに乗って小田原まで。ロマンスカーはもちろん、小田急に乗るのも、たぶんはじめてだ。ちょうど午後のいい時間で、せっかくだから、車内でお昼を食べたいと思った。町田にはJRで到着。JR町田駅から小田急町田駅までは、ちょっと歩く。いきあたりばったりだから、駅弁が売られているのかもわからない。どうしても駅弁が食べたい。無理ならコンビニ弁当でもいいか、と一瞬思ったが、やっぱりいやだ。ささいなことにこだわるわがままな性格

          小田原紀行

          尾道、歩き方を知る、立ち止まる

          列車が駅に着くと、前に一度来たときの記憶がさまざまに呼び起こされて、気分が高揚する、そういう街のひとつに尾道がある。尾道は、まず、地形が面白い。ロープウェイもあるような急な坂と瀬戸内海に挟まれたこの土地は、人々を惹きつける。愛媛まで続くしまなみ海道の起点でもあるから、サイクリストも多い。駅を出ると、すぐ左手には商店街のアーケードが延々と伸びていて、昔からの洋服店もあれば、現代的なカフェもあって、それらの店舗が、複雑に絡み合うように街を形作っている。線路を渡った山側には、千光寺

          尾道、歩き方を知る、立ち止まる

          宇和島との距離

          ちょうど一年前の今頃、四国のあちこちを数日間、鉄道で旅していた。それが四国をまともに歩く初めての機会だったから、まずは有名な観光地を訪れようと思い立って、香川の栗林公園や金比羅宮、愛媛の道後温泉などを見て回った。色々とせわしなく巡って、どこも観光地らしい賑やかさと楽しさだったことを覚えているけれど、そうした旅の中で最も深く記憶に残っているのは、愛媛県宇和島市での滞在だった。 宇和島は、四国の南西、愛媛県の南部に位置し、宇和海に面した街である。宇和島への距離は非常に遠かった。

          宇和島との距離

          沖島を歩いて

          滋賀県近江八幡市、琵琶湖に浮かぶ沖島は、面積は約1.5㎢程の小さな島で、日本で唯一の淡水湖の有人離島として知られている。たしかに、風が吹いても潮の香りはしてこない。ただ秋の匂いが島全体を包んでいるだけだった。湖の上の島に立っているというのは初めての経験だったけれど、陸地に近いせいか、妙な親しみを抱く、そんな島な気がする。 今回沖島に向かったのは、「湖の離島」に特別惹かれたわけでもなかった。波の音が聞きたい。揺らぐ水面を眺めたい。船に乗って少しだけここから離れた場所に行きたい

          沖島を歩いて