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宇和島との距離

ちょうど一年前の今頃、四国のあちこちを数日間、鉄道で旅していた。それが四国をまともに歩く初めての機会だったから、まずは有名な観光地を訪れようと思い立って、香川の栗林公園や金比羅宮、愛媛の道後温泉などを見て回った。色々とせわしなく巡って、どこも観光地らしい賑やかさと楽しさだったことを覚えているけれど、そうした旅の中で最も深く記憶に残っているのは、愛媛県宇和島市での滞在だった。

宇和島は、四国の南西、愛媛県の南部に位置し、宇和海に面した街である。宇和島への距離は非常に遠かった。たとえば、首都圏や関西圏から特急列車で移動するにしても、岡山と松山で乗り換える必要がある。移動時間で言ったら、北海道や沖縄へ飛行機で行く方が気軽かもしれない。だから、そんな宇和島と当時の自分は、物理的にも、精神的にもかけ離れていた。

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特急「宇和海」を降りて宇和島駅に着き、まずは街の地理や雰囲気を知りたいと思った。ちょっとした山の上にある宇和島城から海側を眺めると、この街の産業の様子が垣間見える。宇和島は漁港の数が豊富だけれど、当時は、自分がそこで何を目的に歩けば良いのかまるでわかっていなかった。それほどまでに、宇和島は縁遠い土地だったのだ。

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それでも身体は自然と海の方へと向かって、夕方の何気ない漁港の明るさに立ち止まった。

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半日宇和島の街と海を巡って疲れきった後、地元の割烹料亭で郷土料理を前にすると、随分と遠い場所まで来てしまったような気でいっぱいになる。店は賑わっていて、次々と常連や観光の客たちに囲まれた。カウンター席の隅でひとり、少しの疎外感を感じながらも、憧れていた宇和島鯛めしを初めて食べていると、やはりなんだか贅沢な思いだった。

店を出るとかなり酔いが回っていて、とっていた宿が近い幸運を感じながら部屋に戻った。ぼんやりとした頭で、ホテルの薄暗い部屋にいると、どこに行っても他所者でしかない寂しさが、この土地では特に痛切に、急に込み上げてくる。自分のいるべき正しい場所がわからない。この日、街を実際に訪れて、地のものを味わったわけだけれど、宇和島と私との距離はなかなか縮まらなかったのかもしれない。


この訪問から一年が経って、未だ宇和島には再び足を運んでいない。それでもその間、宇和島駅や商店街の風景、漁港の空気、鯛めしの味などが時々思い出されて、この街の記憶が自分の中でゆっくりと醸成されていった気がする。初めは寂しさだけを感じていた遠い土地への親しみが知らず知らずのうちに増幅するというのは、どこか不思議な気もするのだが、誰にでも、あらゆる場所に対しても、そういったことは当たり前に起こり得るのかもしれない。今となっては、宇和島は私からかなり近しい場所に位置している。

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