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18杯目




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彩人「美咲先生は、ピアノの曲は聴かないの?」

美咲「ショパンのノクターンが好きでね、
最近、楽譜屋さんに買いに行ったの。
そしたらすごく難しそうで、買うのやめちゃった。だから楽譜が読める人って尊敬する」

私は小学4年生までピアノを習っていたけど、
練習が追いつかなくなって、辞めてしまった。

数学の問題を解き終えた彩人君は、『ノクターンの何番?』と、言った。

美咲「えぇっ///?、あれだよ、有名なあの…」
彩人「歌ってみて。何番か当てるから」
美咲「やだよ///」
彩人「じゃ、いつか弾いてあげるよ。ショパンのノクターン」

たわいない会話だったのに、胸が高鳴った。
いつか弾いてあげるよって、呟いた彩人君の表情が優しくてドキドキしてしまった。

そんな自分に困惑して「数学の続きをしましょう」私は誤魔化すように、そう伝えた。

彩人「音大入試にあんま関係ないからな…」
美咲「成績は関係有ります」
彩人「はいはい」
美咲「“はい”は、一回です!」


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……………
……クスクス

もう忘れなくちゃいけないって分かっている。
もう手放さなきゃいけない“思い出”なんだから…

彼がハーモニーホテルのラウンジでピアノを弾いてるって知ったのは偶然だった。
ホテルのケーキバイキングに詳しい友達から『ピアノ王子』の噂を聞いたのは1年前の1月の終わり頃だったと思う。

まさかと思いつつピアニストの名前を聞いたら、
希実は「たしか、由利…彩人って聞いたけど」と記憶を辿るように言った。

名前を聞いただけなのに心臓がドクンと胸を打った。
私はそれからすぐ、その噂が本当か確かめに行った。

柔らかい笑顔のベルボーイの開けてくれたピカピカの扉の向こうに大理石のフロアーが広がって
気後れしそうな広い室内の天井を見上げるとビックリするくらい綺麗な天使が舞っていた。

金色の手すりの階段側まで行くと中2階風のラウンジが広い空間に浮かぶような造りになっている。
噂通り、聴こえて来るピアノの音は優しい音色で
お客様の会話の妨げにならないように、静かに流れていた。

ドアを開けてくれた短髪のヘアスタイルの笑顔のベルボーイに『座ってお聴きになりませんか?』
と聞かれたけど黙って首を横にふった。

ここから見上げる彼の背中で充分だった。
こぼれる音をそっと拾うだけで幸せだった。
金色のまぁるい玉がいくつもいくつも降って来るのが見えるみたい。

キラキラと煌めいて落ちてくる音の粒。

短髪のベルボーイはそれ以上何も言わないで少し哀しそうな目で私を見ていた。

ただそれだけなのに、彼がすごく優しい人なんだなって分かった。

だって、立ち尽くしてる私が目立たないように背を向けて立って、入り口の来客から私を隠してくれたから。



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