2021 やわらか日記 過去ログ7
2021/06/17 東電OLの文章の反応について
こんにちは。白です。
今回は中村うさぎさんの本に対する反応のお話です。
noteに中村うさぎさんの『私という病』についての文章を挙げています。
この本は中村さんのデリヘル体験記と、それによる東電OLへの考察の本です。私は以前東電OLに関する文章をネットに挙げていたので、中村さんのこの本をずっと読みたいと思っていたのです。
東電OL殺人事件とは、1997年東京電力のOLが、渋谷の円山町で売春をしていたときに何者かに殺された未解決事件のことです。東電OLは、優良企業のエリートOLでありながら、街で一番下等で危険な直引き(街に立って客を取る)の売春婦となり、事件に巻き込まれて殺害されました。
東電OLに関してはnoteを見ていただくとわかるので省略します。
私が東電OLの文章を書くと、男性がいいねをくれるんですよね。水商売の方だったりそうでなかったりしますが、東電OLを「堕落」と思わない方が性別を問わずいらっしゃるんだなあと希望のようなものを感じます。
東電OLの動機が何だったのかはご本人にしかわかりませんが、東電OLと木嶋佳苗は「女性であること」の何かを考えさせられるダークヒーローみたいな存在なのだろうと思います。
そして中村うさぎさんの本にも、自分の血で書かれた叫びのようなものを感じるのです。
2021/06/29 音楽の話
こんにちは。白です。
今回は音楽のお話です。
BL小説の公募に落選して自分に足りなかったものは何だろうと考えました。
たぶん自分でなければ書けない要素が足りないのだろうと思いました。なので自分の武器を作ろうと思い、とりあえず音楽の本を読んだり、音楽を聴いたりしていました。
漠然とジャズの話が書きたいと思っていたので、聴いているのはジャズのアルバムです。
以前はAmazonに登録していたのですが、今はApple Musicで音楽を聴いています。本でお勧めされているアルバムをApple Musicで探して聴くのですが、今はアルバムがコンプリート版にまとめられていたり、同じアルバムでも音質が良いバージョンが出ていたりして、わけがわからない状態です。
ジャズのアルバムは、同じ曲でも演奏によってアレンジが変わるので、ひとりのミュージシャンに何十枚・何百枚のCDやレコードが出ます。違うミュージシャンのアルバムに参加していることもあるので、ひとりの人を追いかけるだけでもわりと大変です。
私の推しはビル・エヴァンスというピアニストですが、生前の公式アルバムで五十枚前後、未発表音源や発掘されたライブ録音などを合わせて百~二百作前後の作品があります。すべて把握できていません。四十年前に亡くなった人のニューアルバムがなぜ今出るんだと思うんですが、そういう世界なんですよね。不思議です。
音質に凝り出すときりがないので、それなりの設備で聴いています。AV関係は、理想の音質を目指してマイ電柱を立てる世界なので、沼に落ちないよう気をつけています。でも「このアルバムはできる限り大きな音で聴け」という指定があったりするんですよね。「こんな聴き方していたら怒られるだろうなあ」と思いながら、ウォークマンやPCのスピーカーでしょぼしょぼ聴いています。
2021/07/06 コピペの話
こんにちは。白です。
今回は文章のコピペの話です。
私は小説と雑文を書くので、多くの投稿サイトに文章を投稿しています。
サイトによって投稿する作品はさまざまです。なので、ひたすら文章をコピー&ペーストすることになります。
以前は作品を一気にコピペしていましたが、そうすると読者さんへ負担になるため、最近は一サイトにつき一日一作をめどに投稿しています。
面倒くさくなると一気に作品を挙げてしまいますが、やはり一日一作のほうが読まれやすいです。
私はBL関係の文章をBLには関係ないサイトに投稿していることがあります。BL作品の構造分析とかやおい論ですね。
それでも「BLだから」といって何か言われたことはありません。ふつうに内容で判断してくれるみたいです。
BL小説も相性のいいサイトと悪いサイトがあるので、後者は放置したり撤退したりしています。
複数のサイトに投稿したほうが作品を読まれやすいですが、投稿サイトによって反応はさまざまです。
投稿サイトの管理を頭のなかだけでやっているので、「ここはどこまでコピペした?」とよく忘れます。
一番コピペが大変だったのはWordPressです。
むちゃくちゃ高性能にカスタマイズできますが、作品の投稿の仕方にも癖があります。
以前自分のサイトをWordPressに移行したときは、文章のコピペに二週間かかりました。
でもタグをつけたりワードマップを作ってくれたりするので、便利ではあるんですよね。
2021/07/16 色鉛筆の話
こんにちは。白です。
今回は色鉛筆のお話です。
色鉛筆画が好きで、書き込み式の本に塗り絵をしています。
しかし細密画かつ薄塗りなので仕上げるのに時間がかかり、何年かけて一冊の本をやっているんだという状態です。
Twitterでもリアルな猫や巨大化した宝石などの細密画が流れてくることがあり、すごいな~と思いながら眺めています。私がいちばん好きなのは植物など自然物の細密画です。
色鉛筆画を始めるにあたり色鉛筆を買ったのですが、最初はノーブランドの安物を買ってしまったがゆえに失敗しました。安物の色鉛筆は蝋が入りすぎて硬く、色がつかないのです。それに懲りた私は、プロユースの色鉛筆を清水の舞台から飛び降りて買いました。それはほどよく色がつき、芯も柔らかかったです。
色鉛筆は、広い面を均一に塗るのに時間がかかります。
何度やっても塗りムラができてしまい、「パソコンのバケツ塗りなら一瞬なのに」と心のなかでブツブツ言いながら色を塗っています。色鉛筆が好きだからしょうがないのです。
最近色鉛筆画の本で、別の会社の色鉛筆を見つけました。
私が使っているプロユースの色鉛筆は芯が硬く、細密画用だと初めて知りました。
なので私は塗りの時間短縮を求めてもうひとつ色鉛筆のセットを買いました。今回の清水はちょっと低めにしました。
色鉛筆が届いたので、さっそく試し塗りをしてみました。
やわらかく発色がよいという評判どおり、その色鉛筆はすぐに色を濃いめに塗ることができました。ただ、色が一気に出るので、薄塗りができません。
だからプロは色鉛筆を使い分けるのね、と私はようやく理解しました。
頑張って色鉛筆画の作品を作っていこうと思います。
2021/07/23 見られている意識
こんにちは。白です。
今回は見られている意識の有無についてのお話です。
電車に乗っているとき、数人のサッカー部の少年に出会いました。ユニフォーム姿で入り口に立っている彼らを見て、私は足がきれいだなと思いました。
日に焼けた彼らの足はつるりとしていました。これだけ何人も肌がつるつるなのだから、彼らは脱毛しているのだろうと思いました。
私は別の電車に乗り換えました。前に座っていた二十代くらいの男性が、短パン姿で足を組んでいました。男性の足にはナチュラルにすね毛が生えていました。
脱毛するという行為は、他人の目を意識した行動だと思います。同じ若い人でも、環境によって自分が見られているという意識が変わるんだなと思いました。
テレビなどでも男性の乳首は無修正で映ります。なので私は、テレビを見て「男性の裸は赤ん坊のお尻と同じで性的な存在ではないんだな」と感慨にふけります。
自分の身体が見られていることに無防備でいられるのは、男性(そして見られることを放棄した女性)の特権です。それは身体で選別されることがないがゆえの無防備さです。
男性が身体で選別される女性と同じ視点を手に入れるのがいいことなのか、私にはわかりません。が、私は男性も見られる側として自分を意識するよう時代が変わったんだなと、サッカー部の少年たちを見て思ったのです。
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