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2022 さかなどり4
さかなどりはときどき空を飛びながら北の海へ泳いでいきました。
何度も空を飛んでいるうちに、さかなどりは遠くまで滑空できるようになりました。さかなどりは幾度も大きな魚に襲われましたが、空を飛んで命を救われました。
北の海へ泳いでいくと、海の水が徐々に冷えて重くなってきました。身体が凍えて動かなくなっているのです。
まだ北の果てを見ていないのに。さかなどりは身体に粘りつくような水をかきわけながら北を目指していきました。
海に鱗のようなうすい氷が浮かび出しました。それは、白い陸に打ち寄せていた氷と同じものでした。
もしかしたら海を泳ぎきって白い陸へ帰ってきたのかもしれません。嬉しさに身体がふるえます。
鱗の氷はどんどん増えて厚くなり、流氷の白い山がぽつりぽつりと見えるようになりました。
やはり白い陸に近づいている。さかなどりの心は喜びでいっぱいになりました。
海が凍り始めていました。無数の穴があいた氷の壁に邪魔されて、さかなどりはこれ以上北へ進むことができません。
――どうしよう。
氷に塞がれた水面を下へ下へと潜っていると、さかなどりは前に大きな黒い影があることに気づきました。
大魚が氷を割って進んでいるのです。
大魚の水流に巻き込まれないよう注意しながら、さかなどりは大魚が作った割れ目を泳いでいきました。
さかなどりはようすを見るために空へ飛び上がります。白い三角の山が続く平原に、大魚の作った筋が盛り上がっています。
白い氷に縁取られた黒い道がえんえんと続いているのです。
きっとこの先に白い陸があるはずだ。
さかなどりが海へ飛び込んだ直前、視界が真っ暗になりました。さかなどりは硬い鳥のくちばしに挟まれて宙を舞っていました。
「しまった」
さかなどりはこわごわと鳥を見上げると、ハッと驚いて口を開きました。
「あなたは南の海の氷山でさかなどりを見捨てた鳥ではないですか」
鳥の目がさかなどりへ向きます。ほそながい白黒の鳥は、くちばしから力を抜いてさかなどりを宙へ放しました。
「落ちる!」
鳥はふたたび尖った足でさかなどりを捕まえました。
「何でとりざかながそんなことを知っている?」
さかなどりはいままでの顛末を鳥に話して聞かせました。そして話を終えたあとで「すこしぼくを海へ戻してくれませんか」と言いました。
「図々しい魚だね」
ほそながい鳥が冷たい氷のふちへ舞い降りると、さかなどりを海へ放しました。
「あなたは長い旅をすると言ってたけど、ほんとうはしなかったんですね」
波間に浮いているさかなどりが言うと、鳥は怒ったようにくちばしを鳴らしてわめきました。
「あたしは長い長い旅を終えてようやくここに辿り着いたのさ。あんたもずっとここまで泳いできたんだろう?」
「でも白い陸へ戻ってきました」
「あれは南の果て。ここは北の果て。勘違いするんじゃないよ」
さかなどりは言葉に打たれたように身体を竦めました。
「よりによってあんたはとりざかなの身体を盗んでここへ来たのかい?」
「盗んだわけじゃありません。北の果てに着いたら、身体を返す約束です」
「返せなかったらどうするんだよ、このばか!」
ほそながい鳥はさらに背中の毛を逆立てて叫びました。
「話を聞いたらあんたを食おうと思ったけど、あんたの身体じゃないんだったら食えないね」
風切り羽を反らすと、ほそながい鳥は空へ舞い上がりました。
そしてくちばしを開いて、赤い喉の奥を晒します。
「ここに入んな。とりざかなのところへ送っていくから」
さかなどりは目を瞠ってふるえる舌を見つめました。
「食べるんですか?」
「だから食べないって言ってるだろ? 迷惑なおまえをとりざかなのところに返すんだよ。とりざかなは暖かいところにいる魚なんだ。無事にこの氷原を抜けられるかどうかだって怪しいんだよ」
胸を熱くしながら、さかなどりは礼を言いました。鳥はさらに頭の産毛を逆立てて、海に波紋を広げました。
「あんたを助けるんじゃないよ! まったく、どこに連れていけばいいんだい?」
「南の、冷たいけものがいる島に。小さなさかなどりもいっしょに住んでる」
「ああ――あの島か」
ほそながい鳥はその島を知っているようでした。
「あそこは海のふきだまりだからね」
「でもどうしてわざわざぼくを送ってくれるんですか?」
ほそながい鳥は氷のふちに着地してさかなどりを睨みつけました。
「ガキが嫌いだからさ」
答えになっていません。
「あたしはばかは嫌いだけど、勇敢なばかはもっと嫌いなのさ。でもさらにもっとガキは嫌いなんだよ」
吐き捨てるように言うと、鳥はふわりと舞い上がってさかなどりの細い身体を捕らえました。
「口のなかに入りな。背びれはちゃんとたたむんだよ」
「たまに息継ぎをさせてくださいね」
「あたりまえだろ。その前にあたしが死ぬよ」
生温かい鳥の口に身体を横たえると、さかなどりの身体は深い闇に包まれました。
そうして身体の振動とともに、鳥が空高く舞い上がったことをさかなどりは知ったのです。
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