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文字書きさんに100のお題 039:オムライス

二等賞の家族

「違う。これじゃない」
 息子の瞬也にむくれられて、雄太は目の前で湯気を立てる自作のオムライスを前に肩を落とした。
「卵に何入れた?」
「ハチミツ」
「お母さんのはハチミツの甘さじゃないよ」
 中学二年生になってから反抗期の気配が見え隠れする瞬也は、ケチャップがたっぷりかかった卵をすくいながら天井を見上げた。
「お母さんのオムライスが食べたい」
「仕方ないだろう。俺ら捨てられたんだから」
 妻の美砂を思い出す。美砂は二ヶ月前、自分の育児代行業の会社を「本格的に育てたい」といって、雄太と瞬也を捨てていった。「息子はもう十分に育てたから」という理由で、雄太は美砂に親権を譲られた。
 それ以降雄太は瞬也と交代で慣れない家事をやっている。
「今度卵焼きに何を使ってるか、聞いといてよ」
 雄太は負けてはいられないと思った。卵焼きくらい完璧に作れる。雄太は食べかけのオムライスを机に残したまま立ち上がると、フライパンで小さな卵焼きを焼いた。
「ほれ、食ってみろ」
 湯気をあげる卵焼きを瞬也が味見する。
「違う……もっと上品な甘さだよ。何を使った?」
「三温糖。それじゃ、みりんかな」
「あー、また今度作って。今作らなくていいから」
 ふたたび立ち上がろうとする雄太を瞬也が制止する。
「お母さんに連絡取ったら?」
「やだ」
「あの人、お父さんを嫌いになったわけじゃないよ」
「だからやだ」
 結局自分は、美砂が家族よりも会社を選んだことを納得できていないのだ。雄太はくせのある髪を乱暴に掻き回した。他人の子供を育てて自分の子供を育児放棄するとはどういうわけだと、雄太の両親は激怒した。しかし美砂は自分の会社に命以上のものを懸けているのだ。そういうところが自分たちはそっくりだと、雄太は思う。
 瞬也はジーンズの尻ポケットからスマートフォンを取り出すと、LINEを始めた。着信音がすぐに届く。美砂にLINEをしているのだろう。
「きび砂糖だって」
 スマートフォンを見ながら瞬也が答える。
「オムライスなんていいもの食べてるねって、お母さん」
 事業の立ち上げで忙しかった美砂は、オムライスに冷凍食品のチキンライスを使っていた。レトルト食品と惣菜の多い夕食に、雄太と瞬也が文句を言ったことは一度もなかった。
 美砂は家族よりも大切なものを見つけてしまったのだ。離婚したときは仕方がないと思っていた美砂への不満が、今になって腹から湧き上がってくる。
「お父さん、お母さんと仲直りしようよ」
「瞬也は何でお前を捨てた母親を許せるんだ?」
「仕方ないだろう。俺ら、二等賞だもの」
 瞬也がオムライスを口に運びながらため息をつく。
「お母さんは一等賞じゃなきゃ駄目な人なんだよ」
 子供のくせに奇妙に悟った口調が気に障る。
「だからお父さんが変わらないと駄目なんだよ」
 一等賞から転落した父親に、美砂は何も期待していない。雄太がどれだけ美砂を好きでも、美砂は自分にはもう振り向かない。雄太はスプーンでオムライスを切り裂くと、チキンライスを乱暴に掻き回した。

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