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『切手裏面貼付』なる言葉

62年間生きてきて初めて知った言葉。

仕事の帰りに職場近くの郵便局で書留を送った時のことである。
田舎の郵便局の午前の中途半端な時間である、そこには利用客はおらずのんびりしたゆるゆるとした時間の流れる空間があった。

そんななか、どこかの会社の大量の封筒に順番に消印のスタンプを押す私より少し若めの女性が一人忙しく働いていた。

私は郵便担当のその女性に遠慮がちに書留をお願いしたのだが、その処理作業中に女性の手元の一通の封筒に目が行ったのだ。
なんと、封筒の裏側にまでベタベタと切手が貼ってあった。
そして、再び遠慮がちに「切手を裏側にまで貼って受け付けてくれるのですか?」と聞いてみた。
そうしたら、なんと「切手裏面貼付と朱筆してもらえば受け付けますよ。」と答えが返ってきたのである。

知る人は知っているのであろうが、私には目から鱗の答えだったのである。
わりと言葉には敏感なほうであると思っていたが62年間生きて来て初めて知った言葉だったのである。

我が家には今は亡き父、宮島弘男が旧郵政省の陰謀にまんまと嵌められて買い込んだ記念切手が郵便局の前に屋台を出して販売するほどあるのである。
切手買取業者に額面を割った金額で持って行かれるならば、「俺が使おう!」と決心してせっせと手紙を書き、ハガキを書き、小包は郵便局まで持って行くのだがまだ行き着く先は見えてこない。

これまで書留や小包に金額のさまざまな切手を使ってきたが、切手貼付可能箇所は表だけだという固定観念に縛られていた。

まさに芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のお釈迦様の下したクモの糸を見つけたカンダタの心持ちであった。

どんな人間でも知らずにいて損をしている事ってのはあるだろうと思う。
どんなタイミングで気付くのか、中途半端なタイミングならば知らずにいた方がいい事もあるかも知れない。

しかし、今回のこと、こんな事はなかなか知る機会がないことだと思う。
『切手裏面貼付』とネット検索すればいろんな方が生活の知恵的な教えとしてアナウンスしてくれているが、肝心要の日本郵便株式会社のウェブサイト内を検索しても『裏面貼付』なる言葉は存在していない。
たぶん問い合わせれば「トラブルの基になりますので、、」ともっともらしい言葉が返ってくるのであろう。
しかし、日本郵便の社員であろう郵便局員の口からははっきりと『裏面貼付』の言葉が出る。

ただ、こちらから聞けば、である。

利用客に積極的にアナウンスする事項に入れていないのだろう。
まあ、そんなことは民間企業ならばよくあることだが、もともとの組織がなぁ、、、と、愚痴りたくなってしまう。

睡眠預金ならぬ我が家のような睡眠切手は日本中にどれくらいあるのだろうと考えながらベッドに入るとその夜も悪夢にうなされたのであった。

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