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ケンカをするわけ

陽は早く落ち、冷たい空気が襟元にまわり出すこの頃、五十年も前のことを毎年思い出す。

子どもの頃からケンカは好きではない。
しかし、男としてこの世に生きていると嫌でもそんな場面にぶつかることもあり、弱いものいじめを見ることもある。
今は自分のことは我慢できるようになった。
でもまだ他人のこと、お年寄りや女性、弱い立場の人間を困らせる、そんな場面に遭遇すると黙っていることは出来ない。

小学二年、この頃人を殴ると拳は痛く、腫れることを知っていた。
障害を持つ兄と二人で歩いていると、自転車に乗りすれ違いざまに兄の顔に唾を吐いていった奴がいた。
あっけに取られている間に逃げ去ってしまった。
兄の同級生の男である。
兄は「いいよ」というが、目の前でされるだけされた弟の私は黙っているわけにはいかなかった。
社宅に帰り部屋の中を見渡し、目に付いた漬物石を抱えてその男の家まで一人で行った。

男の父親は大手耐火煉瓦メーカーの工場長、あたりでは一番大きな新しい洋風の家に住んでいた。
その大きなアルミサッシに漬物石を投げ込んで帰って来た。
そしてその晩、その男は母親に手を引かれて私の家までやって来た。
対応した母は事情が分からず、私に聞き、私は手短に事情を話した。
そのあと、母は吠えた。
そんなことを知らなかった男の母親は頭を下げて帰って行った。
まともな母親だったようであった。
でも、そのあと私は母にこっぴどく叱られた。
まずは名を名乗らずに帰って来たこと、男らしくないと。
正々堂々と理由を言ってケンカをして来いと。
そして母が大切にしている漬物石を投げ込んだことにひどく叱られた。
「次からは違うモノにしなさい」と。
その後、修理代金は母が弁償したようである。

世の男の多くは闘いが好きである。
家族を守る、女性を守るという本能のようなものがDNAに組み込まれているんだと思う。
でもやった後の気分の悪さ、どう考えても自分が悪くはないのに後悔が残る。
この気持ちの悪さは表現しがたい。
勝っても負けても気分が悪いのだ。

だからしない方がいい。
でも、私は黙っていることは出来ないだろう。
だから、だから、世の中から弱いものいじめが無くなることを願ってやまない。

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