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雨の音でおもいだす

昨日の雨の土曜日、仕事に出かけるまで久しぶりにボーっとテレビをみていました。
昭和育ちのテレビっ子です。
まあまあNHKが好きですね。
『ドキュメント72時間』が好きなのですが昨日はそのスピンオフ企画でした。
流行り病での非日常下の人々の日常でした。
皆さんの頑張りがあるから、今程度の状態で保たれていることが理解出来ました。
平常時とは違う仕事、流行り病の患者さんへの対応に一年間当たってきた保健師の女性たちが「生ビールが飲みたい、」という生の声が頭に残ります。

そして、ポツポツ落ち続ける雨音を聞きながら思い出してました。
テレビ時代劇の『木枯し紋次郎』のある回です。
舞台は長雨が続き、止まっている渡し舟が出るのを待つ旅人たちが泊まる木賃宿、全く止む気配の無い雨模様の下で皆が苛立っています。
そこで始まる賭博でのいざこざ、巻き込まれる関係ない旅人たち、「あっしには関係ないこと…」と言いながら最後には剣を抜き喧嘩剣法で切り抜ける。
そんな内容だったように記憶します。

続く長雨と暑さの中で皆汗まみれでした。
夏だったのでしょう。
梅雨時だったかもしれません。
その時私も汗ばんでいた腕をさすりながら、あれは我慢出来ないな、いっそのこと外で雨に打たれればよかろうに、と思って観ていました。

暑さにも寒さにも強い私です。
しかしながら、張り付いた汗はいずれ風呂で流せる、そんな当たり前が待っているから出来る我慢なのです。
1995年の阪神大震災で神戸に応援で行かされた時、ずっと風呂には入れませんでした。
でも私には神戸から離れた奈良に平穏の中に佇む自宅の風呂が待っていました。
家が無くなってしまった被災した皆さんの不便を強く感じる中、私は我慢出来ないことはなにもありませんでした。

皮膚が感じ時々記憶に繋がることがあります。
陽の光であったり、風であったり、這う虫であったりいろいろですが、雨音で皮膚の感触を思い出したのは初めてでした。

小学生の頃、遅い時間の放映だったと思います。
いつも両親の寝た時間にテレビのスイッチを入れ、ソファで膝を抱えて上條恒彦の歌う「誰かが風の中で」を聞いた瞬間に木枯し紋次郎の世界に入り、股旅の世界に憧れていました。
その晩は夜遅い時間にシャワーを浴びることが憚られ、「股旅の世界には入れんな」と、独りごち我慢してベッドに入りました。

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