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梅田の夜

呼び出され、遅い夕方梅田まで出かけた。
長い付き合いをして来た元上司、人生の大先輩でもある。

たぶん20年以上続けているのではないだろうか、主催している読書会の帰りにいつもの店にいると電話があった。
聞けば時間とともに会の仲間は減ってしまい、今日は四人で万葉集を読んできたと言う。

時代の趨勢というものがる。私のような考え方は古くて遺物のように今の若い人たちは思うかも知れない。しかし、どんな世が来ようとも恩を忘れてはならないという真実は錆びつかないと私は思う。井戸を掘ってくれた人間のことを忘れてはならないのである。
そんなことは無かったかのように、今のすべてを一人で勝ち取って来たかのように、振舞い過去は無視をする。

「でもそれが今の世の中なんだよ。」と、一人寂しく私に背をむけてカウンターで酒を飲んでいた。
「でも、あなたはそのような生き方はして来なかったじゃないですか。」
それには答えず、「まあ、飲め。」と言う。
二人きりだといつもそんな会話である。

若い頃にはただ酔いたくて徘徊した梅田の夜の街。
悲しみも苦しみも楽しさも、多くの思い出の詰まった街である。
私はこの夜の梅田をそんな寂しい街にしたくはないのである。
でもこんなことは強要できることではない。
今の若い人たちと考え方、感じ方のずれを感じる。
そろそろ私もそんな年齢になったのかなと思ったりもする。

私が一人で酒を飲むのはそんな事から逃げ出したいからではない。
私は昔を懐かしんでいるかも知れない。
そんな昔を場末の酒場で探しているのかも知れない。

大先輩を途中まで送り、一人阿倍野で飲み直した。
初めての店、知る顔は一人もいない。
気怠い空気に包まれた場末の隅っこのその酒場で気がつけば私は大先輩と同じようにカウンターに一人沈み込んでいた。

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