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手に取って感じた未来

一昨年、たぶん生涯で最後になるであろう転居をした。
駅まで歩いて5分、スーパーも市立病院も図書館も歩いて5分。
そして車を手放した。
思えば長くハンドルを握り続けた。
関西から愛知の実家までどれだけ走っただろうか。

郷里である愛知県豊川、豊橋はトヨタのお膝下のような土地である。
しかも隣接浜松市はホンダ、ヤマハ、スズキの発祥地である。
父たちはトヨタの車で通勤し、近所のお母さんたちはスズキの軽自動車で買い物し、ホンダ、ヤマハのカブや原付たちは私たちの足だった。

小学5年か6年の時、トヨタの工場見学に学年全体で行ったことがある。
見学自体何も記憶には残っていない。でも、土産に配られた白と空色のはめ込み式のプラモデルをもらった。発売されたばかりの『未来の国からやってきた』をキャッチフレーズにした『セリカ』だったのだ。帰りの貸し切りバスの中、皆黙って組み立てた。男も女も関係無しに一生懸命組み立てた。そして皆が喜びとともに『セリカ』の名前を脳に刻み付け、私は心浮き立つ未来を感じたのである。

工場見学の主旨は知らない。ひょっとしたらトヨタから教育委員会にお誘いがあったんじゃないかと思う。仮にそうならば10年先の消費者を洗脳したトヨタは先を読むことの出来たすごい会社だったのである。
トヨタの創業は1937年、2022年の現在から数えてまだ90年も経っていない。
世界のトヨタは15兆円を売上げる巨大企業となり、2兆の利益を予想する。建設業にいた私はどうしてもそれと比較してしまう。純粋な製造業と準製造業とも言える建設業を同じ物差しで比較はできないがゼネコンの売上は以前から一人1億円と言っている。今もあまり変わらないようである。社員1万人ならば1兆円の売上げが必要になる。トヨタを社員36万人で今の売上15兆円から逆算すると1人当たり4千万円の売上で成り立っている。利益を合わせて比較すれば自動車業界の方がよく儲かっている。
そして、世界の企業時価総額のトップを見ると以前そこにいた日本のメーカーの姿は消えてかろうじてトヨタだけが残る。
IT・通信がほとんどを占めて気持ち流通、金融、半導体メーカーくらいが残っている。

この先EVに変わる自動車産業界の盛衰、変革は私などに想像もつかない。
ウーブン・シティは純粋な製造業で生きる難しさを示しているのだろうか。
社会を作る事で商売を産んでいくのであろうか。
夢があるようで何かが欠けているように思う。

半世紀も前に私たちが経験したヴァーチャルではないリアルの工場見学とプラモデルに相当するような未来の消費者である子ども達に夢を与えることを未完成を唄うこの街は出来るのだろうか。
そこは行きつく先ではなく、もっと先に夢を膨らませる何かがあるのであろうか。

あの『セリカ』のプラモのような手に取って感じることの出来た本当の未完成である未来があることを期待したい。

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