Biblia studere ⅩLⅤⅠⅠ, Luc8:16-18、ランプに火を灯す人の譬え
iPad+各種生成AIを用いて聖書研究に取り組んでいます。そのお裾分けを記事にしています。
今回は、「ランプに火を灯す人の例え」と呼ぶのが相応しいと思うのですが、「ともし火のたとえ」と呼ばれている譬えからのお裾分けです。お付き合い下さい。
ともし火をともして
イエスは「種を蒔く人の譬え」を説き明かすとすぐに続けて「ランプに火を灯す人の譬え」とその説き明かしをお話しになりました。テキストをご紹介します、
「どう聞くべきかに注意しなさい。」とあるように「種を蒔く人の譬え」の説き明かしの続きとして「ランプに火を灯す人のたとえ」が語られたことが分かります。
譬えが別の譬え(+その説き明かし)によって説き明かされているんですね。そして、「蒔かれた種」から「火が灯されたランプ」に例えが切り替わっています。
短い文ですが、分析すると以下のようになるかと思います。
譬え本体
「ともし火をともして、それを器で覆い隠したり、寝台の下に置いたりする人はいない。入って来る人に光が見えるように、燭台の上に置く。 」
説き明かし① -logic-
「隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、人に知られず、公にならないものはない。」
説き明かし② -teaching -
「だから、どう聞くべきかに注意しなさい。持っている人は更に与えられ、持っていない人は持っていると思うものまでも取り上げられる。」
誰だって燭台の上に置く
珍しいと思うのですが、譬えそのものは奇妙なところや歪みはいっさいありません。日常生活の中で見られる理にかなったごく当たり前のことです。
「火を灯すのは、燭台の上に置くためである」と。
イエスの時代のランプについて、ChatGPTに説明してもらいました。ご紹介します。
譬えに用いられているランプは λύχνος です。
これはChatGPTが生成したランプです。🪔←こんな感じのものを描いてもらいたかったのですが、プロンプトをいろいろ工夫しましたがこれが限界でした。
隠れているもの、秘められたもの
譬えの説き明かし①は「隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、人に知られず、公にならないものはない。」です。
説明するまでもない当たり前のことがここにも書かれているように思われますが、しかし、重大なことがここには記されているように思われます。
「隠れている」「隠されている」と、という二語によってです。
「隠れているもの」κρυπτόν(krypton)は、外から分からない、秘密の「隠された何か」を形容する語として使われていました。
「秘められたもの」 ἀπόκρυφον(apokryphon)も同様ですが、前置詞ἀπό(apo/から離れて)と動詞κρύπτω(krupto/隠す)から来ています。「それは離れている」という意味合いになります。
直前で、イエスは譬で語る理由について「それは、 『彼らが見ても見えず、 聞いても理解できない』 ようになるためである。」と語っていました。
それはつまり、他者性と言えば良いでしょうか、「離れており、隠されている」ものとして、「知られ、公になる」と言うことでしょう。
ロゴスと人間とのの関わりとはそのようなことなのでしょう。ロゴスと関わりを持っているとはロゴスを所有していないからであり、所有している者は関わりを持っていない。それが譬えの説き明かし①で語られていることなのだと思います。
それで、譬えの説き明かし②に結ばれます。
「どう聞くべきかに注意しなさい。持っている人は更に与えられ、持っていない人は持っていると思うものまでも取り上げられる。」
今回はここまでです。お付き合いくださり有り難うございました。
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