MBTIが嫌いな理由を自分なりに整理した

MBTIが嫌いだ。
概念を知ってからずっと嫌い。
嫌いという感情が先走っていて、何故嫌いかは整理がついていなかったんだけど、この前やっと整理出来たので、備忘録として残しておこうと思う。

最初は性格診断自体の欺瞞というか、バイアスに満ちた概念自体が嫌いなんだと思っていた。

人間を分かりやすい型に入れるというのは楽ではあるけれど、正しい道だとは到底思えない。
MBTIなんてバイアスを利用しまくっている。
大多数の人間が好きなタイプの嘘ということだ。
簡単に人間にラベルを貼れることに飛びつくのは非常に愚かな行為だ。

以上、これが私のMBTIが嫌いな理由です、みたいな感じで記事を書こうとしたんだけど、これは自分でも欺瞞に満ちていると気づいた。
概念が嫌いになる程、私は人間が出来ていない。
次は具体的に考えてみる。

まず、嫌いなのは血液型での性格診断だ。
私はB型なんだけど、B型は大体嫌なことが書いてあるから全然楽しくない。
あれってA型以外は嫌なこと書いてあるんだけど、A型以外で楽しい人がいるんだろうか。
生まれ持った性質で多数派にとって有利な勝負を仕掛ける、極めて悪質な行為だと思っている。

MBTIは、そういう意味でいうと公平ではある。
全員が同じ質問を受けて診断されるわけだから、生まれ持った性質とだけでは言い切れない。
人間の性格は半分ぐらいは生まれてからの経験によって形成されると読んだことがあるから、少なくとも血液型診断よりはマシではある。

ネットで一番上に出てくる診断をやってみたら、INTPと出た。
論理学者。学者って。少しイジってないか?

性格診断は自分を解析するものだから、結果には自分が投影される。
私は自分のことが嫌いだから、自分が投影された結果を見ると、そこには嫌なことしか書いていないように見えた。
MBTIもその例に漏れず、INTPの説明文には嫌なことしか書いていなかった。
こうして嫌なことしか書いていない診断を受けて、私はMBTIが嫌いになった。


要は、診断結果に良いことが書いてないから嫌いなだけだった。我ながらなんて単純なんだ。
逆に言えば、診断結果に良いことが書いてあるなら、性格診断ってとても楽しいのではないか?
もっと言うと、診断結果を読んで、良いことが書いてあるように思えるのなら、性格診断は常に楽しいのでは?

結局ここでも出てきてしまうのが自己肯定感だった。
私は自己肯定感が低いから、MBTIをやっても楽しくないのは当然だった。
メインターゲットが違う。自己肯定感が高い人たちで明るい陽の光の下手楽しく回っている世界に、私が入ろうとすること自体が間違えていた。

私は自分を直視できない、弱い人間だ。
こんな自分がMBTI嫌いとか言ってるのは滑稽すぎるので、大人しく部屋で瞑想します。

ここで一曲。

紫咲シオン(hololive × HoneyWorks)- リア充★撲滅運動

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