戯曲『逃避行石(とうひこうせき)』


『逃避行石(とうひこうせき)』(作:最上川 最中)

第1回呆然戯曲賞(お題:空想旅行)

<登場人物>
 男
 女

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暗転中、男が舞台に横たわる。
ゆっくりと明転。

男 ・・・(しばらく経って、目を開ける)
 あっ!あーーーーー。
(体を左右に揺らす。しばらく気怠そうにした後、客席側に男が体を向ける。)
 あ。(観客に気が付く)
 こんにちは・・・。
 ちょうどよかった、いま、僕が見たこと聞いてもらって良いですか?もう、すぐに話さないと忘れちゃいそうなんで、話しますね。
 住宅街の高台に僕が立ってたんですね。下の方にも住宅が広がっていて。僕は高台ではなくて、下の方に住んでいるんですけど。時々、階段をのぼって、この高台から下の景色を眺めたりしてるんです。
 天気も良いし、雲もほとんど無いし、空も限りなく白に近い青って感じの、そんな日でした。
 そうしたらですね、なんか、こう、楕円形の物体が僕の真上に浮いてるんです。なんだろうなって、後ずさったりして眺めてたら、「あ、浮いてるんじゃない、落ちてるんだ」って気づいたんです。じわじわ、ゆっくり、僕の方に近づいて来ていて。
 まだ、高さは、マンションで言うと・・・高層マンションはこの辺りには建ってないんですけど、20階建てくらいの屋上くらいにそれはあったんです。なんだろうなーって呑気に見てたんですよ。そしたら、「あ、これ、人間だ」って分かっちゃって。シルエットがもう人間だったんですね。腕とか首とかの形って、人間以外ありえないじゃないですか。
 で、マンションで言うと10階くらいですかね。それくらいの位置で、僕、スマホを手に取って、写真のアプリを立ち上げてたんですよ。それに気づいて、なんかゾッとしたんです。人が落ちてきているのに、SNSにアップしようとしてんじゃんって。ツイートインプレッション稼げるぞー!って心の底の方で思ってたんですよ、きっと。それ、ちょっと引きません?人が空から落ちてる時に、スマホで写真を撮って共有しようとしてるんですよ?助けるよりも前に。
 まあ、ゆっくり落ちてきてて、この速度なら死なないなと思ってもいたんですけど。それでも優先順位っていうのが、命よりSNSなんだーって思ってしまって。なんか嫌だなぁ、って。でも、ちゃんと写真は撮ったんですけど。
 で、その空から落ちてきている人間を、まぁ、こうやって、受けとめようとしますよね。ちょうど僕の腕にそれが収まって、顔を見たんです。そうしたら、おじいさんなんですよ。近くに来た時に白髪っぽいなとは思ったんですけど、なんかピカピカ?後光みたいなのがさしてて、発光してるみたいだったんです。だから、それで光ってるから白く見えてる可能性もなくはないわけで。多分、天気が良かったから目立たなかったけど、相当輝いてたんじゃないですかね。
 受けとめながらよく見たら、小さいんですよ。年を取ると背が縮むとか、そういうレベルじゃなくて、もっと小さいんですよね。サーフボードに対する、ボディボードみたいな感じですかね?コンパクトだったんです。体重らしいものもほとんど感じないし、でもゆっくり落ちてきてる「圧」みたいな力が腕にかかってきてるのが分かって、このおじいさん、地面におりようとしてるのかな、と思ってゆっくり、地面に横たわらせたんですね。大きな黒縁のメガネをかけて、エプロンして、チノパン履いて、足は裸足でした。
 なんか、ぶつぶつ言ってるんですよ。おじいさん。耳を近づけてみると・・・

「めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい」(男が、だんだん大きく発話する)

 薄々感じてたんですけど、完全に、アニメ界の巨匠のあの人なんですよ。こんなところで会うなんて。コンパクトサイズだけど。
 でも、普通、こういう空から落ちてくるのって、「女の子」じゃないですか?
 この人が「空から落ちてくるのは女の子」っていうイメージを作った存在じゃないかなって思っているんですけど。
 そういうこともあってか、できれば女の子が落ちてきてほしかったなぁ、と。

(女、舞台に出てくる)

女 はい。出てきました。女の子です。空からじゃなく、下手から出てきました。成人してるんで、自分から「女の子」って言うのも違和感があるんですけど、まあいいです。

男 僕は、ちょうど彼女のことを思っていました。降りてくるなら、彼女がいいんじゃないかって。知らない女の子?10代前半くらいの?いかにも少女?みたいな、女の子ってカテゴリーに、ぴったり嵌ってる女の子って、もうどう接したら良いか分からないじゃないですか。親戚の子なら全然いいですけど、知らない女の子だと、話も続かないだろうし。彼女なら、だらだら話しても、オチが無くても、気にならないというか。この距離感が僕には非常に貴重なんですね。

女 彼、って、恋人の意味の彼、じゃなくて、三人称としての彼、ですけど。彼は私の幼なじみで、社会人になってからも良い感じの映画とか、展覧会とかがあると一緒に行ったりしていて。両方実家がこの辺で、今も実家暮らしで。両方こっち側の低い方に家があるんです。
 ちょうど歩いてたら、高台にいるのが見えて、階段をのぼって近づいてみたら、なんか小さい人形みたいなのを抱えてて。何してんの?って思ったのが今です。

女 何してんの?
男 ああ、おはよ。ちょっと見てよ?見たことあるでしょ?このおじいさん。(男は会話をしながら自然と立ち上がる。)
女 うん、知ってる。金曜の日テレで良くアニメ見るよ。人形?ていうかリアルすぎない?
男 いや、生きてるのよ絶対。近づいて、耳近づけてみて。
女 えー、やだよ。噛みそう。
男 噛まないよ。
女 うーん、(耳を恐る恐る近づける)

「めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい」(男が発話する)

女 めんどくさいって言ってる。
男 ね、生きてるでしょ。
女 そんなことよりさ、ちょっと遠出しない?
男 え?今?
女 そう。どこかに行こうと思って出てきてるから私。
男 急!・・・でも、おじいさんが。
女 大丈夫でしょ。無敵っぽいし。
男 空から降りてきてる時点で無敵っぽいけどねぇ。・・・ていうか、明日仕事だし。
女 私もそうだよ。

(2人、おじいさんの周りをぐるぐると歩く)

女 どこ行く?
男 えー、思いつかないよ。
女 じゃあ、本州の端と端に行かない?
男 え?青森と・・・
女 山口。私は青森に行くから。
男 選択の余地はないのか。
女 ないない。
 
2人 どーーーーーーん
(舞台の端と端へ2人は離れる)

女 青森につきました。新幹線最強。
 当たり前といえば当たり前ですけど、りんごの木が道端にありそうなイメージがあって。そうだったら最高だなと思ってたんですけど、そんなことはなくて、どうぶつの森みたいなことはないんですよね、実際。
 私には行きたいところ、が、1つだけあって。
 美術館に向かって、犬の大きな立体作品を見に行きました。前からこの作品は見てみたかったというか、やっておきたいことがあったんです。
(スマホを、このために持ってきたスマホホルダーを使って地面に固定する。)
 大きな犬が、四つん這いみたいな状態で立ってて。2本の後ろ脚は分かれてなくて胴体と一体化してるのか地面に埋まってるみたいな状態なんですね。
 この犬の股間の部分にこう座って、「フン」になってみたかったんです。
(うずくまったまま、話し続ける)
 私、動物系のテレビ番組で、勝手にナレーションで動物の心情というか、考えていることを話してるのが大嫌いなんですね。
 絶対に動物はそう思ってないじゃないですか。違法アップロードされてる映画の下手な翻訳みたいに、1分1秒余さずその存在を冒涜し続けている感じがするんですよ。
 あ、あと、フンになる行為に意味なんてないですよ。「意味性」とかを自分の行動につけるのも嫌で。今の私は、フンになるのがちょうど良いなと思ってたんですね。意味なんてないですよ。単なる「クソ」ですよ、「shit」。人間が排泄物になるのが、良いと思って。

(女に当たっていた照明が消え、男に当たる)

男 山口県に来ました。
 フグのお店がたくさんあると思ってたら、全然ないんですね。桃鉄だったら大量に買ったことがあったんですけど。
 そのかわり、「維新」って書かれた旗とか看板とかがすごいあって。何、ここは大阪と関係があるの?とか思ってたら、明治維新と関係があるみたいで。維新って付いた名前の政党が出てくるずっと前から山口では維新を推してたらしいですね。
 どこか見ようと思って、検索したら「サビエル記念聖堂」っていうのが目について、あのザビエルじゃない?(手を交差するしぐさをする)って思って調べたら、山口県だと「サビエル」って濁らないみたいですね。フグも「ふく」って言うらしいですし。
 バスに乗って、サビエル記念聖堂に行ってきました。中に入ったら、横長の椅子があって、ステンドグラスがあって、天井が高くて、いかにも教会って感じで。無宗教なんですけど、キリスト教徒だったら、どう見えるんだろう、って思いながら見てて。その時の僕は、あの高台から景色を眺めている時と同じで、無に近い感情だったと思います。
 そのあとは、五重塔を見ました。五重塔って京都で見た以来ですかね。あ、山口県のキャッチコピーって「おいでませ 西の京 やまぐちへ」だそうです。良い感じのふぐのお店はなかったですね・・・。
 ていうか、この旅の中盤くらいからずっと思ってたのは、「移動が大変」ってことで。案内とかも、〇〇駅から車で20分とか、徒歩を全く無視してるというか、名所に行き着くまでに人間を試されてる感じがしてくるんですよね。

(男に当たっていた照明が消え、女に当たる)

女 ひとしきり、フンになった私は、やることがなくなってしまいました。旅行って、下調べをするから、行くところがあるんだなって。自分で何かに出会う物語を作らないと、何も起こらないんだなって。でも、そういうのはもういいやって思って。
 駅に向かって歩いている途中に不動産屋さんがあって。外に貼ってある物件情報を見てみたら、家賃がめっちゃ安くて。いや住むのもアリかも、ってほんの一瞬思ったんですけど。一人暮らしの部屋を探してた時に出会った不動産屋のおじさんのことを思い出して。

(不動産屋のおじさんの声は男が担当する。人物としては登場しない。声だけ)
おじさん 「部屋?」
女 私は部屋じゃねぇぞ、ってイラっとしながら、張り紙の部屋のことを聞いたら、
おじさん 「その部屋は空いてない」
女 その相場に近い条件の、
おじさん 「ないね」
女 って、何の資料も見ずに言うんですよ。うわー、何だこいつって思って。今思い返したら、文句言っておけば良かったなって。なんでこっちだけに、嫌な感情のボールを持たされなきゃいけないんだって話ですよ。だから、部屋を借りる時ってあのおじさんのことを思い出して、話すのが面倒って思っちゃうんですよね。そういう嫌な感情がぐるぐる渦巻きながら、たぶん睨みつけるように青森の不動産屋の張り紙を見てたと思うんですよ。家賃安いなーって感心しながら。同時に、あのおじさん許さねぇって顔をしながら。

(男に照明が当たる)
(2人は発話をしながら、ゆっくりと舞台の中央に向かっていく)

男 山口県って山が東西に横たわるようにあって、北側を山陰、南側を山陽っていうらしいんですけど、がっつり二分されてるんですよね。僕が回ったのは山陽で、山陰まで行くのはアクセス方法を見ると時間が足りなくて諦めました。
 結局、面倒な移動にどう折り合いをつけながら進むかが、旅行の本質な気がしてきて。それって無理するってことじゃないですか。何で無理してんだろって冷静になっちゃって。帰りたいなって。明日、仕事がある、あの部屋に戻りたいなって思ったんです。

女 何で部屋に住むのに住民票を取らなきゃいけないんですかね。別に取っても良いんですけど、平日のフルタイムで仕事をしてると絶対に行けないような時間にしか空いていない役所まで取りにいかなきゃいけないんですかね。

男 旅行って何なんでしょう。結局、出発した場所に戻ってくるのに。0時に近づくにつれて、憂鬱に満ちていくのを知っていながら、旅行してしまうんでしょう。部屋に戻るころには、すでに日をまたいでいて、仕事をする日付と同じになっている事実が、旅の記憶を勢いよく薄めて行くのに。

女 何で1階に住んじゃいけないんですかね。ベランダに檻みたいな「羊たちの沈黙のレクター博士でも住んでんじゃね?」って思うような、トゲトゲがいっぱいの柵とか付けてくれたら良いのに、何でしないんですかね。「1階はセキュリティーが」とか言う前に、鉄壁のセキュリティーを固めたら良いんじゃないですかね。


2人 ああ、めんどくさいなぁ。

2人 めんどくさい、めんどくさい。


男 旅行に行くって言い始めたのはそっちじゃないの?
女 そうだけど、帰る時は面倒とは思わないよ。
男 そうなの?僕は移動が面倒ってことに気が付いたわ。
女 私は住む家がなかったら、面倒が解決しそうなことが分かった。
男 ホテル暮らしが良いの?
女 ホテルの部屋を乗り換えて、乗り換えて、乗り換えて行くのが理想。
男 僕は、家に、ずっと居るのが理想。・・・新幹線ってこんなに遅かったっけ?
女 ・・・ああ、めんどくさい。(世の中に言っている感じで)
男 ・・・ほんと、めんどくさい。(移動している今の時間に言っている感じで)

2人 めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい

(2人は舞台中央にいる。おじいさんの存在の名残を感じるように下を向いている)
(女、床に座る。舞台からは後ろ姿が見える。しばらくして、くつろぎ始める。家に着いたようだ)

男 めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい・・・

(男、しばらく立ったまま床を見ているが、同じように座ってくつろぎ始める)
(そして、仰向けに横たわる)

男 めんどくさい。


暗転


<了>


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