劇場版おっさんずラブ_マスター講座__5_

劇場版おっさんずラブ LOVE or DEAD 感想まとめ【S9:春田家の二人】

■好きだからこそ、すれ違う二人

 劇場版の面白いところは、台本に描かれた台詞が必ずしもキャラクターの本心を表現しているわけではないところだと個人的には思う。心のうちに秘めた想いがあっても、相手への気持ちが強すぎるがゆえに、それを素直に表現できない。そうした心の揺れがリアルで、春田が、牧が、その時々に何を考えているのかを全部知りたいと思ってしまうのだ。
 
 春田家は、ドラマおっさんずラブにおいて、春田と牧の関係性を描くうえで重要な舞台のひとつだった。特に二人が、時には笑顔で、時には想いを吐露する食卓を囲むシーンは、二人の日常性の表現として、ファンから非常に大事にされてきた。
 しかし、劇場版においてはそうした場面はこのシーン9のみであり、また一見すると不穏な空気が漂っているようにも捉えられるため、ファンからも賛否両論だったと認識している。だが、冒頭からそれぞれの感情の流れを追っていくと、どちらもそれぞれの形で相手への愛情を募らせ、それゆえにすれ違っていることが初めて表面化しているのがこのシーンであると個人的には思っている。


■劇場版の牧凌太

 劇場版の牧凌太は、本社への異動が決まったことを香港に赴任している春田に会いに行ってまで直接相談しようと思えるほど、春田に対し向き合い、心を開けるようになっている。ドラマでの牧が、想いを言葉にできずに一人抱え込んでは勝手に決め、春田から逃げ出してしまっていたことを思うとこの1年間の変化は大きい。春田ならば自分のことを受け止めてくれると信頼し、きちんと伝えないといけないとも感じたのだろう。香港訪問についても春田に連絡もせずとも突然訪ねることが許される、それが今の二人の関係性なのである。牧は春田に素直になろうとしていただけに、牧は春田が見知らぬ男とベッドを共にしていたことが尚更許せなかったのだろう。

 また、その一瞬は許せなくてちずに愚痴を言ったとしても、牧にとって春田の帰国は嬉しかったに違いない。本社に異動した牧が多忙を極めていることがその後のシーンでは幾度も描かれていくが、春田の帰国したその日には早めに帰宅し食事を作って帰りを待つのだ(ただし、常にバランスを意識し何品も作る彼がワンプレートにしたところに忙しさが垣間見える。)。
 この時点でも牧は春田に対し心を開いているし、素直に話したい気持ちもあったのだろう。向き合いたい、一緒に食卓を囲みたいという気持ちは、些細なところからも感じる。例えば、ほとんど食べ終わっていたにもかかわらず、春田が帰ってくるまで席を立つことをしなかったこと。春田の席のマグカップはいつ持ち主が帰ってきてもいいように、口を上に向けたまま。
 日中、第二営業所では仕事上で想定外の再会をし、いざこざはあったかもしれない。それでも牧は、香港から帰国した春田のことを待っていた。


■劇場版の春田創一

 一方、劇場版の春田は、言葉にするまでも無く牧のことが大好きだ。自分の気持ちが恋であること気付き、牧のことを好きでいていいと分かった春田は、どんどん素直になっていったことだろう。春田が上海、香港と赴任した1年の間、周りには知り合いも少なかったはずだ。二人は同じ会社の同僚、営業所の先輩後輩という関係性から解放され、ただ恋人同士であったに違いない。冒頭の香港のシーンからは、同僚ではなくただ純粋に恋人となった二人がどれだけの蜜月を過ごし、お互いを甘やかしてきたのかを感じる取ることができる。

 春田の帰国後、第二営業所に出社した春田に対し、武川は「今日くらい休みでも良かったんだぞ」と言葉を掛ける。そこから察するに、あの日の春田は恐らく香港から東京への移動日(帰国日)で、本来出社する予定が無かったのだろう。
 それでも実家にスーツケースを預けるよりも前に営業所に立ち寄ったのは、春田の性格上、黒澤や武川をはじめとする営業所の仲間たちに早く会いたかったのももちろんあると思うが、何よりも香港で喧嘩してしまった牧に真っ先に会いたかったからでないだろうか。この時点で、春田は牧が本社勤務になっていることを知らない。また、一通り挨拶が終わった後に「牧は……?」と聞いていることからも、家ではなく営業所に行けば、牧と会えると思っていたのだろう。
 これは裏返すと、牧からすれば、その日の春田は帰国後まっすぐ家に帰っていると思っていたはずだ。本社の立場として乗り込んだ第二営業所に春田がいるとは思ってもいなかった。だからこそ、牧は春田に、香港に言ってまで話そうとしていた本社異動の事実を伝えられなかったのだ。
 春田は牧が好きで、どんな形であれ牧に会いたかったからこそ、第二営業所に行く。
 牧は春田が好きで、恋人としての春田に自分のことを面と向かって相談したかったからこそ、仕事とは別に一緒にいる時間をなんとか作ろうとする。お互いに好きで、相手に会いたい、伝えたいという思いがあるからこそ、すれ違いが起こるしそこに葛藤が生じる。


■春田にとっての牧/牧にとっての春田

 こうしたすれ違いが起こる理由のひとつは、恋人関係に発展したことにより、お互いの位置づけや認識に微妙な差が生じているからだと思う。
 春田にとっての牧は、大好きな恋人でもあると同時に、大切な後輩でもある。そもそも春田にとって牧は気の合う同僚、真面目な後輩という関係から始まっていて、恋人になったことでそれが全て置き換わったり、失われてはいないのである。大好きな恋人であると同時に、可愛い後輩でもある。そのすべての関係性が春田にとっては大切で、それが変化してしまうことに戸惑いを感じている。

 一方で、牧にとっての春田は、出会った頃こそ面倒見の良い優しい先輩だったが、その後はずっと片思いしてきた、好きな人なのである。春田が「お前のことが必要なんだよ」と思っていたその時も、「ただの先輩と後輩に戻った」と思っていたその時も、牧にとって春田は一貫して恋する相手である。本社に異動し、仕事における春田との関係性が変化したとしても、牧にとっては二人の関係に影響を与えるものではない。あくまで、恋人として春田に向き合おうとする。

 恋人としてプライベートの二人の時間を大切にしたい牧と、大切な後輩が本社に異動し変わってしまったことに戸惑いを感じる春田。そうした二人の微妙な考え方のずれが初めて表面化するのが、この春田家のシーンだと思う。


◇個人的なみどころ

 このシーンはシナリオ上、二人が食卓に付くことは想定されていなかった。春田はソファに座り、牧は春田の食事を下げるような描かれ方をされていた。二人で食事をともにすることはできなくとも食卓を囲み、春田ならば、わんだほうで一杯飲んできたとしても牧の作った料理を食べるだろうと表現を変更した点は流石おっさんずラブだと思う。

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