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双子出産記#7 管理入院で得たもの



イヤホンを耳にはめると、iPhoneに接続した合図にボロン、と音が鳴る。
この音を、去年の夏は何度も聞いた。今もこのボロン、という音を聞くと、ひたすらベッドの上で安静を保とうとしていた日々の記憶が蘇る。

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管理入院で得たものは、まずは当たり前だけれど、安心と安静だ。
私は安静度は3段階中の2。身体を動かすのは、病棟の給水機やシャワー室への移動するときのみ。
ご飯はベッドまで運んでくれて、下膳もしてくれる。
お腹が張ってシャワーNGになった日は、助産師さんが身体を拭く温タオルを持ってきて、背中を拭いてくれた。
至れり尽くせり。何かあったらすぐ医療従事者に診てもらえる。
2歳児を抱き、毎食ご飯を作り、掃除をしていた日々の「なるべく安静」とは程遠い。本当に安静な日々だった。

そして同時に、膨大な余暇も得た。
ひたすらベッドの上で時間を潰さなくてはならない。
ネットフリックスにもアマゾンプライムにも加入して、『愛の不時着』『ハリーポッター全作』『舞妓さんちのまかないさん』『呪術廻戦シーズン1・2』『バチェラーシーズン1~5』『LIGHT HOUSE』など、話題になっていたけど観れていなかったものや、もう1度観なおしたかったものを全部観た。
動画を観ながら手芸もして、家族全員分のイニシャル刺繍入り巾着と、子どもたちの保育園オムツ入れ巾着も作った。
絵日記も出産まで毎日描いて、インスタグラムに投稿していた。
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画面を観るのに目が疲れたら読書をして、20冊以上小説やエッセイを読んだ。
夫が洗濯物の受け渡しにきてくれる度に、自宅の本棚から本を数冊もってきてもらっていた。
それでも、とにかく暇だった。常に眠いけれど同室の人のいびきが気になって上手く寝付けなくて、毎日長い長い活動時間を持て余していた。

〇〇〇

病院には、想像していた以上の数の助産師さんが働いていて、1か月ほど入院してようやく「初めまして」を言う人もいた。病棟に出入りしている人だけで、20人はいたと思う。
毎日のお世話は日ごとに担当助産師が変わり、それとは別に、入院中から出産まで一貫して気にかけてくれるメインの担当助産師さんもいた。若い人からベテランまで、いろいろな方にお世話になった。

ほとんどの助産師さんは、優しさゆえに、私が手芸をしていると「何作ってるんですか」「すごいですね」と声をかけてくれた。
ただ、毎日違う助産師さんが入れ替わり立ち替わり同じような声掛けをしてくれるので、カーテン1枚隔てただけの同室の人はおそらくもう何十回も同じ「刺繍で保育園グッズを…」「いえいえ、下手なんですけど好きで…」みたいな私のモゴモゴした返答を聞かされているはずで、それを思うとなんだか恥ずかしかった。

そんななか、1人だけ全く私語を挟まないベテラン然とした助産師さんがいた。ここでは仮に、後田さんと呼ぶ。
彼女は必要最低限のことしか話さないし、笑ってみせることもなく、淡々とエコーや点滴の補充などをしてくれた。何度か担当になってくれたけれど、私が刺繍をしていても完全にスルー。体調のことしか質問されない。
最初はあまりの淡々とした様子に、ちょっと不愛想な人、という印象を抱いた。

しかしある点滴刺し替えの日のこと。
上手く血管に針が入らず、助産師さんが3人代わってトライしても失敗が続いた。
両腕の裏も表も失敗した傷跡をおさえるシールだらけ。点滴の針は採血のものより太くて痛いので、刺し直しが続くと地味に辛い。
そんなとき、4人目として呼ばれたのが後田さんだった。「あら、良さそうな血管はどこも潰されちゃったねぇ」と私の両腕をじっくり観察したあと、「でもここならいけそう」と呟いた。
見つめているのは、今まで点滴を刺したことのない、左腕のひじの手前あたり。こんなところに点滴針を刺せるんだろうか、と思っているうちに、あっという間に後田さんは準備を整えて、針をスッと刺し、ぐーっと血管に沿って奥まで刺しこんだ。
素人目にも、これは入った、と分かった。
そして、あのいつも表情を変えない彼女が、「よしっ」と言って拳を握り、その目が笑った。マスクをしていても分かる笑顔だった。

この日から、私の中での後田さんへの信頼は絶大なものとなった。
おしゃべりは最低限なのに、仕事はしっかりしてくれるベテラン。どちらかというとヘラヘラ愛想笑いばかりして仕事ができないタイプの私には、遠くて憧れの存在だ。彼女が担当の日は密かに「ラッキー」と思い、安心してお世話をお任せできた。

〇〇〇

こうして、管理入院したことによって、助産師さんとの信頼関係・親近感を得られたのは思いがけない利点だった。
長男の時は破水して深夜に入院し、7時間ほどで出産したため、助産師さんとの関わりは少なかった。名前を憶えている方もいない。

しかし今回は40日間も入院したおかげで、顔も名前も知っている方々に囲まれて出産することになった。
毎日「あと〇日ですね」「もうこんなに大きくなって!」と一緒にお腹の子たちの成長を喜び、見守ってくれた人たちが出産をサポートしてくれると思うと心強い。

この人たちならきっと、無事にお産ができるように手を尽くしてくれる。そういう信頼感のなかで、なんとか早産になることなく持ちこたえた。
そしてついに出産予定日前日、37週3日目を迎えたのだった。

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