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「トマトの手数料?何それ?」
初めて耳にしたその言葉はなんだか間抜けで、脳がうまく飲み込めずにいた。

久しぶりに会った彼女は興奮気味にスマートフォンを取り出し、何かを探している。先に飲み物を頼もうよとメニューを渡すが、画面から目を離すことなく答えは返ってきた。私と同じものでいいらしい。

ホットのカフェオレが二つ。テーブルに並ぶ頃、彼女はようやく顔を上げた。
「スクショ消しちゃったっぽい。最悪〜。」
大きなため息をついたあと、カップに口をつける。そしてその熱さに驚く姿。私にとって、もはや冬の風物詩だった。

「で、結局なんなの?トマトの〜手数料、だっけ?」
聞きたい?と唇の端が上がる。なんとなく気が引けながらも、素直に頷いた。

「実はさ、私もよくわかんないんだよね。」
彼女の友人がSNSでたまたま見かけたらしい。“トマトの手数料”。その言葉にはひとつのURLが添えられている。が、スマートフォンからもPCからもうまく開くことはできず、何度試してもエラー表示。試しに開いてみてくれないか、と彼女のスマートフォンにURLが送られてきたのは一週間ほど前のことだという。

ひとしきり説明し終えた彼女は、いくらかぬるくなったカフェオレを飲み下した。


「私が試してもやっぱりエラーだったわけよ。まあ無効なURLなんだろうけど。なんか気になっちゃって。でね、昨日夕飯食べてたら弟が訊いてきたの。」

“トマトの手数料って知ってる?”。

つい一時間前くらいに、彼女の口から聞いたばかりの言葉だった。ネット上で流行っているのかと思って検索してみるも、ヒットする情報はなかった。
友人からのメッセージと、エラー画面。その二つをスクリーンショットで保存しておいたのに間違えて消してしまったらしい。

「その子から送られてきたメッセージがあるでしょ。それ見せてくれない?」
「それがさあ、なんか急に垢消ししたっぽくて全部消えちゃったんだよね。そのSNSでしか繋がってなかったから連絡の取りようがないの。」

何か一言いってくれたらいいのに、と尖らせた唇に泡がついていることはさて置いて。いつの間にか陽が落ちて、街灯は夕刻を告げていた。

「やば、こんな時間じゃん。本題の話できなかったしまたお茶しよ!またね!」
左手の薬指をキラリと見せびらかして、嵐は過ぎ去った。親愛なる彼氏くんのプロポーズがいかに素晴らしかったか。まるでコートを着たゼク◯ィだったのに、口から出たのは“トマトの手数料”。千円札と空のカップがテーブルに座ってこちらを見ていた。


“今日はありがとう。おつり今度渡すね。”
あの日から彼女の返信はない。

風が春の匂いを連れてくる頃。私たちは再会した。
彼氏とのドライブ中、2tトラックが突っ込んできた。即死だったそうだ。

雪のように白い顔で眠りにつく彼女を見つめて、心の中で声をかける。
「結婚式に着ていこうと思って、ドレス買っておいたんだけど。」
「しょうがないじゃん!死んじゃったんだもん。」
私もドレス着たかったのに、と不満げな声が聞こえてくるようだった。まあ2tが相手じゃね。
途端、肩を叩かれる。
振り返ると弟さんが立っていた。
「この度は。」
しばらく言葉を交わしたあと、泣き腫らしたその顔は告げた。

「あの。トマトの手数料、開けたんです。姉が。」
半ば忘れかけていたその言葉。何度か反芻してようやく思い出した。

「ある日いきなり姉のタイムラインに流れてきて、そのURLをタップしたら開けたって。だけど僕には見せてくれなかったんです。」
よくわからないし面白くない。調べるのは無駄だからもうやめな、と。彼女はそれしか口にしなかったらしい。
彼女の口からは、もう何も聞くことができない。
「よかったら連絡先交換しよう。何か困ったことがあったらいつでも声かけて。」
赤黒い何かが心にうずくまったまま、私たちは別れた。


“遅い時間にすみません。トマトの手数料がタイムラインに流れてきました!”
メッセージの受信は深夜2時過ぎ。もちろん眠っていたので、返信は朝になってしまった。
“ごめんね、寝てた。開けたの?”
しかし待てど暮らせど、彼からの返信はない。


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トマトの手数料って何ですか?


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