自分を好きになるもう一つの方法:熊川哲也さんのトークショーから

昨日、K-BALLET TOKYO 芸術監督の熊川哲也さんのトークショーをライブ配信で視聴した。これまでの数十年間、日本のバレエ界をけん引してきた熊川さんならではの刺激的な話を期待してのことである。

彼によると、バレエをやっている人は2つのタイプに分けられるという。一つは「バレエが好きな人」、もう一つは「バレエをしている自分が好きな人」である。

思い起こすと確かに、大学の先生にも「研究が好き」というよりも「○○をやっている自分が好き」という方々が少なからず存在したと気付く。印象に残っているのは「国際会議・国際学会で活躍している自分が好き」というタイプである。海外で開催される国際会議などに頻繁に出向いて、報告(もちろん英語で)を行い、他の出席者と議論をするのが好きな先生方だ。今となっては陳腐な表現であるが、「国際派エコノミスト」と呼ばれるような方々である。

彼らは「研究そのもの」よりも、「国際的な舞台で、流暢な英語を操ってプレゼンテーションを行い、議論を闘わせるのが好き」な学者さんたちではなかったかと思う。このように考えると、「あんなに海外出張を繰り返して、疲れないのだろうか。いつ勉強するのだろう」と思っていた私の疑問が、そもそも的外れだったとわかる。

私は文章を書くのが大好きだ。もともと自分は「書くことが好き」な人間だと思っていたが、熊川さんの話を聞いて、私は「もの書いている自分が好き」なのかも知れないと考えるようになった。そしてそのルーツが、新聞記者だった父を観察していた幼い自分にあると気付く。事務所を兼ねた自宅で、机に向かって記事の原稿を書いていた父の姿を、自分の将来に重ねていた子供の自分がいるのである。私には子供のころから、「机に向かってものを書く自分になりたい」という気持ちが芽生えていたのだ。

教師時代、学生からの相談で一番多かったのが「自分が何をやりたいのかわからない」つまり「自分が好きなものがわからない」という悩みだった。そんな時、熊川さんの言葉に従えば、想像力をたくましくして「何かをやっている自分」を思い浮かべたら良いということになる。そんな自分にワクワクするのであれば、その何かをやっている自分が好きということだ。そして自分を好きになれずに、劣等感に押しつぶされそうになった時も、「何かをやっている自分」を想像することで突破口が見つかりそうだ。

私が熊川さんのバレエ公演に通うようになったのは、彼の自信満々の態度に魅了されたからだ。『白鳥の湖』の第一幕で、王子役の熊川さんが登場するシーンは忘れ難い。一瞬で観客を引き付ける熊川さんを最初に見たときに、日本にもこんな男性ダンサーがいたのかと心を動かされたのである。

今回のトークショーでもご自身のことを「バレエの申し子」「サラブレッド」と称し、熊川節は健在だった。そして「自分はいろいろな経験をしてきた」ともおっしゃっていた。彼の存在を色であらわすのは難しいが、「可能性の宝庫」を意味するブラックだろうか。10代からロンドンで研鑽を積んで、20代で日本に帰国し自らのバレエカンパニーを立ち上げた彼の言葉は、味わい深いものであった。

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