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色のメッセージを受け取る#6「赤」に働きかける子育て支援制度

昨今の大学生は、就職活動で希望の企業から内定を得るために、入念な準備をする。特に採用側の心に響くような志望動機を作り込むことが重要らしい。私の所にも学生から、お知恵拝借の依頼が来る。ある学生から「僕の第一志望の〇〇では、朝5時出社で、夜8時に消灯です」という話を聞いた。〇〇は大手商社で、「文系男子の就職したい企業」ナンバー1の企業らしい。「出社すると、コンビニの商品(おにぎりとかサンドイッチのことか?)が数品選べるようになっていて、それを朝食として出社後に食べる」のだとか。

私は当初、朝5時出社とする企業側の意図が理解できなかったのだが、その後、複数のメディアがこの商社の早朝出勤について報じていたので、その概要を知ることができた。報道によれば「社員が子育てに専念できるように、夜遅くまでの残業をやめる」ための取り組みという。働き方改革の一環である。

また、ある新聞のコラムには、この商社の社員が自社ビルを指さして、「あのビルの出生率は高いんですよ」と記者に自慢していたという話も紹介されていた。早朝出勤の制度は、出生率の引き上げに貢献しているという。

仕事と子育ての両立は、男女を問わず、今どきの理想の生き方の一つなのだと思う。この商社の新卒採用には、大変な数の学生が応募してくるはずである。その選考の過程で、「わが社は全社を上げて、子育てを応援します。仕事と出産・子育ては両立できます」というメッセージを、学生たちに発信していることになる。この厳しい選考を勝ち抜いて入社するのは、優秀なだけではなく、早朝出勤をいとわない意欲にあふれた人材に違いない。このような若者をあえて色のカテゴリーに当てはめるならば、やる気満々の「赤タイプ」だろうか。

「赤タイプ」の人は、行動力や生命力に満ち、何より物事を具現化する力に優れている。仕事と出産・子育ての両立には相当なエネルギーと情熱を必要とするはずだ。このようなパワーを無理なく発揮できるのは、やはり赤の力を使うことに長けている人であろう。赤タイプの人に対して、雇用者側が出産・子育てを促す仕掛けを用意したら、この商社のように、本当に出生率を引き上げることができるのかもしれない。

ここで私が思い出したのは、1960年に池田勇人内閣が決定した「所得倍増計画」である。政府がこの計画を打ち出したことにより、「日本経済はこれから成長するのだ」という期待感が国民の間に醸成され、企業も活発に投資を行うようになった。政策が、国民と企業を「豊かになる」という一つの方向に向かわせることに成功したのである。そして、日本の実質GDP(国内総生産)は約8年で倍増し、政府はこの計画の目標を見事に達成した。

この日本国中が「所得倍増計画」にまい進している時期、私は幼い子供であったが、当時の空気感を肌感覚としてよく覚えている。「今日よりも明日の生活は良くなる」、そんな上昇気流に皆が乗って、明るい未来に向かって生きていた、そんな時代だった。

現在の日本においては、女性に少しでも多くの子供を産んでもらって、少子化の流れを変えることが喫緊の課題とされている。「所得倍増計画」のように、国民皆をその気にさせて子供の数を増やす、そんな秘策はあるだろうか。

「所得倍増計画」が国民を動かしていたときの日本は、まだ発展途上の貧しい国であった。当時は、多くの国民にとって豊かな生活を手に入れることが、最優先の目標であった。皆が貧しかったからこそ、経済成長をうたったキャッチフレーズが国民の心をつかみ、同じ方向を向いて走ることができたのである。

現在の日本は失われた30年を経験したとはいえ、先進国であり「豊かな国」である。豊かになった国民の価値観は多様化していて、国民を同じ方向に引っ張ることは望めない。人間とは、自らの生活が満たされたら、それぞれの価値観に従って自己実現のために生きる、そんな生き物なのだと思う。今の日本においては、子供を産むか否か、何人産むかは、政府の思惑とは無関係に決定される。日本の出生率を上げる特効薬は存在せず、短期間のうちに、出生率が継続的に上向くことはないだろう。

私が大学を卒業したのは、40年以上も前で、まだ男女雇用機会均等法は制定されていなかった。当時は、大卒の女子は、民間企業の就職については、大卒男子と同じ土俵に立たせてもらえなかった。女子学生に対しては「自宅通勤できる人限定」という条件を付ける企業もあって、地方出身の女子は、都会の企業に就職したくても門前払いに近い扱いだった。女性は、出産は(場合によっては結婚も)あきらめて、「仕事一筋で頑張ります」という姿勢を見せなければ、いわゆる出世は望めない時代だったと思う。働き続けることを選択した女性の中には、出産(あるいは2人目の出産)を断念した人も多かったのではないだろうか。このように、数十年前から、出生数が減少する兆候はあったのである。

こんな国で、一体どうやったら出生率は上向くのだろう。冒頭の商社の試みは、「赤タイプ」の人には効果を発揮しそうだが、早朝出勤の制度が幅広く普及するとは思えない。たとえば「楽しくなければ人生ではない」という「黄色タイプ」の人には、「子育てはこんなに楽しくてワクワクするんだよ」というメッセージが必要だろう。安心・安定を重視する「青タイプ」の人には、子育てにかかるコストや負担を減らすための政策を導入することが有効になるかもしれない。

前述の大手商社に就職を希望していた学生は、「就活で勝ちを取る」「商社マンは日本経済を背負って立っている」と話す「赤タイプ」の男子であった。そして彼は見事、その商社から内定を勝ち取った。今頃は早朝から元気に働いているに違いない。

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