色のメッセージを受け取る#8 東京都知事選にみる色

2024年7月7日の東京都知事選に向けて、選挙戦が始まった。現時点では、現職の小池百合子氏が有利という。その一方で、ネット上で候補者の一人、前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏が話題になっていると聞き、YouTube配信された石丸氏の記者会見を視聴した。

まず小池氏は、赤の強いパワーを発揮して生きてきた女性だ。彼女の半生をつづった『女帝 小池百合子』(石井妙子著、2020年、文藝春秋)を読むと、彼女の生き様は赤のキーワード「情熱」「エネルギー」「勝利」をそのまま体現していることがわかる。小池氏が2016年の都知事選で圧勝した時に、イメージカラーとして使用していたのは緑である。緑は、赤の補色である。小池氏は、自身の色である赤の補色、緑を前面に出すことで赤のパワーを一層活性化させ、都知事選を勝ち抜く活力としたのであろう。

一方の石丸氏にも強い赤のエネルギーを感じる。一地方都市の市長から段階を飛び越えて、中央の都知事選に出馬するという意表を突く行動力は、まさに赤そのものである。おそらく、彼は今回の都知事選を中央の政界デビューの絶好のチャンスととらえて、矢も楯もたまらず出馬を決めたのではないだろうか。何か動物的な勘が働く人なのかもしれない。この点は、2016年の都知事選に自民党とたもとを分かって出馬し、大きなうねりを政界に引き起こした小池氏と同じ「ひらめいたら、即実行」という赤の行動力を感じる。

同時に石丸氏の会見から、小池氏からは見えてこない青を感じた。元市長としての実績を東京都知事の公約に結び付けるロジックを、綿密に練り上げた形跡がうかがえたからである。そこでは、青の「論理的に思考する」という特徴が発揮されている。さらに、記者や視聴者に向けて「誠実」に、わかりやすい言葉を選びながら語り掛ける姿から、青の「コミュニケーション」能力にもたけていると感じた。自らの考えを理路整然と述べる石丸氏の姿に信頼感を覚えた視聴者も多かっただろう。「思考、論理的、信頼、誠実、コミュニケーション」は青のキーワードである。赤の情熱に任せた行動力だけではない、青の部分も見える会見であった。

そして、この石丸氏の青と赤を混ぜ合わせると、紫になる。紫には「変化」という意味がある。偶然なのだろうか、石丸氏は今回の選挙戦における自身のイメージカラーを紫に選定している。石丸氏は紫色のネクタイを着用し、会見で使用したフリップボードには、公約が紫色の文字で記載されていた。小池氏は、赤の補色である緑をイメージカラーにしたが、石丸氏は「変化」を意味する紫色を味方につけて選挙戦を闘っている。

さて、石丸氏は小池氏と比べると圧倒的に知名度が低い。これを補っているのが、YouTube配信である。SNSやネット配信を「1対多数のコミュニケーション」ととらえると、これはターコイズのキーワードである。ターコイズには「心からのコミュニケーション」という意味もある。石丸氏のYouTubeによる会見では、青の誠実さとともにターコイズを象徴する「ハートからのメッセージ」も感じられた。そしてターコイズには「軽やかさ」という意味もある。この「軽やかさ」というキーワードから私が連想したのが、「ふわっとした民意」という言葉である。

「ふわっとした民意」とは、橋下徹氏が使用した表現である(京都大学 都市社会工学専攻 藤井研究室HP、藤井聡「国益増進のための経済政策よりも『ふわっとした民意』に媚びることを最優先した醜悪な野合」 2023.07.05 https://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/archives/244)。

橋下氏は、「頼れるのは声なき声『ふわっとした民意』だ。ものすごい応援になるが一瞬にして離れていく。この民意を得られないと統治機構は変えられない」と、維新政治塾の塾生に対して述べたという。

今回の石丸氏によるYouTube配信は、まさにこの「ふわっとした民意」を形成し、その民意を高揚させているように思われる。彼のYouTubeのコメント欄にはたくさんのメッセージが寄せられる。視聴者はそれを目にすることで一層「ふわっとした民意」が刺激されて、石丸氏に対する支持が連鎖的に拡散しているようだ。それらのコメントの多くは短文で、ちょっとした感想にすぎない。確かに、石丸氏に好意的なコメントがほとんどではあるが、深い洞察はない。これこそが、橋下氏が指摘した「ふわっとした民意」なのではなかろうか。橋下氏はこの民意が「ものすごい応援になる」と指摘している。このYouTubeを通じて形成された民意は、選挙結果にどう反映されるのだろう。

この「ふわっとした」ものとネット配信の関係については、私自身にも思い当たることがある。

私は、コロナによる自粛期間中の3年間、オンラインで講義を行った。うち2年間は動画配信による講義であった。その2年間、授業は動画配信であったが、定期試験は通常通り教室にて筆記試験を実施した。小論文形式の答案を採点して痛感したのは、「ふわっとした答案」が、コロナ以前と比べると(つまり、通常の対面授業を行っていたときと比べると)随分と増えたということであった。「ふわっとした答案」というのは、厳密に論理を追及せずに、自分が理解しやすい部分のみピックアップして、答案を体裁よくまとめる、そんな答案を指す。おそらくは試験の前日に、聞き流すように授業の動画をまとめて一気に視聴する(しかも2倍速で)、そんな形で勉強したのであろう。内容が薄い答案だ。こんな「ふわっとした」たくさんの答案を採点しながら、頭を抱えたことが、私のコロナ渦の思い出になっている。動画配信の授業では、学生の多くはきっちりと勉強せず、「ふわっと」何となく理解したつもりになって終わったのではないだろうか。

選挙活動と大学の講義を単純に比較することに異論はあるだろう。しかし、対面式の講義と動画配信による講義の違いは、選挙活動にも当てはまるところがあると思う。街頭演説とくらべると、ネット配信では、候補者の公約や意図、人柄について聴衆側は「ふわっと」情報を受け取るのではないだろうか。私の学生たちが、動画配信の授業で「ふわっと」理解していたように。

紫とターコイズで、都知事選に挑戦した石丸氏。赤と緑で3期目を目指す小池氏とどのような闘いを展開するのだろうか。投票日が待ち遠しい。

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