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渋谷ハロウィン


「渋谷ハロウィン、今年は盛り上がりきらなかったね」
「警官があれだけいると何もできないよなあ」

 塩辛いポテトを齧っていると、神泉駅のマクドナルドでそんな声が聞こえてきた。チラッと横目で見ると、一人の女は死神のコスプレ、もう一人の女はミニスカートで悪魔のコスプレをしている。おおかた、毎年のノリで渋谷へ遊びに行ったもののうまくいかなかったのだろう。その予想を裏付けるように二人は続けた。

「去年までは楽しかったんだけどなー」
「人間が多すぎて逆に何もできなかったけどね」
「でも明け方とかには人減るから近寄ってきた男とか食い放題だし、コスパ良かったな」
「去年最後に食べた外国人観光客のアレすごかったね」

 下品な会話だ。僕は途端に顔を顰める。女性に貞淑さを求めるのも古いのかもしれないが、やはり公でそんな会話をしてほしくない。店内に子供がいないことだけが救いだった。

「下北沢とかは賑わってるのかな?大人も参加できるビールフェスがあったみたいだけど」
「エマが言ってたけど、仮装してる人はちょっとだけで基本は子供向けでイマイチだったとよ」
 本来子供向けのイベントなのだから、むしろいいことじゃないのか、それは。耳を澄ましながら内心そう突っ込む。

「池袋ハロウィンは?いい感じらしいじゃん」

 確かに、と思った。大物歌手を呼んで、治安などもよく、ほどほどに盛り上がってるらしい。

「ないない。だってサンシャインのおかげで上池袋子安稲荷神社と南池袋威光稲荷神社の結界が崩れたからさ、別にハロウィンじゃなくてもいけるじゃん」
「もったいないか、どうせだったら違う場所の魂食いたいもんね」

 続けられた言葉は想像とは全く別のファンタジー色の強い物だった。結界、結界って。それじゃまるで……半笑いで二人のコスプレイヤーの方を振り返る。赤い瞳と目が合った。

「今日だけ、いろんなものが蘇るんだよ」

 そして次に瞬きした瞬間、周りはマクドナルドではなくなっていた。あたりは静かな住宅街で、目の前にあるのはローソンだけだ。

 僕は狐に騙された心持ちで、指に残った冷たいポテト一本を口に運ぶ。それはやはり、確かに塩辛かった。

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