不毛

不毛会議 #27

「あいつは悲劇のヒロインだからさぁ」

あるスタッフの事を指して発言。
そのスタッフは男性だ。
だから正確にはヒロインではない。
しかし、女々しい奴という皮肉を(たっぷり)含めてヒロインなんだろう。

ちなみにそのスタッフは他のメーカーの営業マンだった。
当時、うちの会社の窓口はララァ(アズナブルの奥さんで役職は専務)。
会社の小売チームの仕入れの財布をガッチリと握っていたララァに気に入られていた。
彼は営業マンとして彼の会社の売上や発注数、発注タイミングに納期のカラクリなどの情報を(かなり誇張して)商談の際に伝えていた。

「(株)○○はいくらで3万枚発注していただきましたよ、納期は半年後で、掛け率は5掛け(売値の50%)ですね」
「あら、ウチは掛け率4.5掛(売値の45%)じゃないと無理だわ」
「いや、100枚数じゃキツいですけど…4.7掛(売値の47%)でいきましょうよ」
「もう、しょうがないわねウフフ」

と言った具合だ。
営業マンとしては利益を最大化しつつ、いかにお客さんに気持ちよく買って頂く事が大切。

「他社はこんなに大量に買ってるのに、あなたとのよしみで発注100枚にも関わらず、3%も安くしときますよ」

こんなやりとりは営業マンの基礎的トークだ。
実際のところは

「(株)○○から3万枚のオーダーを貰えたらいーなーと思ってます、掛け率はどう考えても3掛(売値の30%)以下でないと商談すら出来ないけど。絶対納期はキッツキツの2ヶ月で入れろと言われるなぁ」

これが現実だ。

しかし、上記のような営業トークをされたらララァは得した気分で気持ちよくバンバン発注するのだ。

他のメーカーの営業マンにしたら、少し誇張した話をした情報を流し、おだてまくれば大量に高掛け率でオーダーをくれるのだから上顧客様だ。
これは噂にすらなっていた。

ただ、誤算としては彼女は誇張された営業トークをすっかり信じてきってしまっていた事だ。
これを、アズナブルに経緯を興奮気味に話す。

アズナブルはその辺をわかってる人なので「上手い口車に乗せられたな」と言うが、ララァは負けず嫌いなのと、アズナブルからの承認欲求が底抜けに強いので
「絶対本当よ!!」とヒステリックに反論する。
そう、「私は頭の切れるバイヤーなんだから」
実際はちょっとの事でヒステリックにキレる人だったけど。

アズナブルとの会話の結果
「そんなに出来るヤツなんだったらウチに引き抜きなさい」
となり高待遇で会社にやってくる。
というわけだ。

つまり、ヘッドハンティングをしているのだが内情は夫婦の意地の張り合いで証明させられる為に雇われたようなものだ。
当の本人は露知らず。

うちの会社に来たらカウントダウンタイマーが始動する。
ピッピッピッピッとキーファーサザーランドの"24"の要領だ。
そこに表示される時間は3か月。

これで結果が出せないと、突然扱いが雑になる。
凄まれたり
行動監視されたり
あげくのはてには"減給"がなんの告知もなく実施される。
勿論、これは労基に違反しているが関係ない。
ここは修羅の国なのだ。

彼は暫くは売り上げを上げていた。
しかし、売上は割と誰でもあげれる。
安くすればオーダーは取れるからだ。
売上より利益率が重要だがアズナブルはあまり細かく見ていない。
3ヶ月を過ぎるまでは。

カウントダウンが過ぎると利率を見られる。
案の定、蓋を開けると利益の出ない値段で出荷をしていたり、目の前の数字だけを上げる事に陥ってしまっていた。

絶妙な3ヶ月は「お、これでいけばごまかせるな」と判断を誤りやすい時間なのかもしれない。
アズナブルは意図してなのか無意識なのか泳がす事が得意だった。
相手に隙を出させれば、そこに付け込む方が"お得"だからだ。

利率や利益自体に価値を置くこの会社において小手先は通用しない。
勿論、そんな重要な事なのにアズナブルは教えてはくれない。
そして真綿のようにジワジワと追い込まれるのだ。

そのスタッフは最後には飛んでしまった(急にいなくなった)。
意図せずアリ地獄に落ちたのだから、キツかっただろうと思う。

それらを考えると「悲劇のヒロイン」という表現はなかなかな恐怖を感じる。

つづく

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