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「魔女の一撃」

一月三日のことである。

その日も窓の外では年末から続く晴天が広がっていた。
午前中に近所の神社まで初詣に行く準備をして、妻の準備が終わるまで部屋でギターを弾いていた。
そろそろ出発しようというときに「そうだ、ハンカチを持っていない」と気が付いた。

階段を上り、洋服ダンスの引き出しを開ける。
ハンカチを探して中腰姿勢になっているときに何の前触れもなく大きなクシャミが出た。

「グリリ」

クシャミが出ると同時に、腰の奥のほうで嫌な感触がした。
嫌な感触 ⇒ 違和感 ⇒ 痛みという段階を超高速で進み、それははっきりとした痛みに変わった。
とりあえず椅子に座る。
やってしまった。
これはやってしまった。
ぎっくり腰である。

5年くらい前に初めてやったときと同じで、ちょっとこれは抗えないなという痛みを生み出す痛覚ネットワークが腰まわりでスイッチオンされた感じだ。
試しに少し前傾姿勢をとってみようと前に傾いた瞬間に「フッ」と声が出てしまう痛みがきた。
確定である。

これは困ったなと思いながら座っていると、灯油ストーブのそばでこちらをみている愛猫と目が合った。
驚いた表情をしているが身体はストーブから少しも離れていない。
寒いのである。
そう、私の腰も寒さが原因だ。

以前に腰を痛めてからというもの、腹筋と背筋を毎日おこない腰まわりを鍛えてきた。
それですっかり安心していた。
おそらくこの寒さのなか、短時間だからとストーブもなしでギターを弾いていた間に腰まわりの筋肉が固まっていたのだろう。
そこにあの中途半端な状態での大きなクシャミである。
調べてみるとクシャミでぎっくり腰になるのはよくあることらしい。
クシャミ恐るべし。

それでも普段から運動をしているおかげなのかなんとか歩くことはできたので、時折、「ヒッ」とか「ハッ」といった奇声をあげて隣で歩いている妻を驚かせつつも予定通りに初詣を終えることができた。

ぎっくり腰は英語で「魔女の一撃」というそうだ。
むしろあのタイミングで出たクシャミのほうが「悪魔のいたずら」だったと思うのだが、やはりこの年齢になると些細なことがこういった怪我や病気につながるのだろう。

年始早々災難ではあったが、「ちょっと最近健康の有難さとか忘れてたんじゃないの?ねえ、ちょっと油断してたんじゃないの?」という警告だと受け止めて大いに反省しよう。

毎日の健康に感謝し、明日の健康のために身体を労わることを忘れてはならない。
この腰痛はそのメッセージなのだととらえよう。
それにしても文字通り身体に沁みるメッセージである。

数日が過ぎた今でも床に落とした物を拾う時にはガンダムのような動きである。
嗚呼、痛い。




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