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水と学徒の相転移

前置き

本記事は、ゆる言語学ラジオ非公式 Advent Calendar 2022 に寄稿するために書かれた (12月13日分)。

他にも多数の方が興味深い記事を投稿されているので、興味のある方は参照されたい。特に、かしかんさんケイさんはともにゆる学徒ハウスに参加した同志でもある (お二人はと違い、2次選考実質合格者と合格者ではあるが)。すでに公開されているかしかんさんの修論体験談には共感の涙を禁じ得ない。かく言う私も、修士で一度心を折られて博士課程に進むまで半年の空白期間を経た上、博士課程も様々な事情で人よりだいぶ長くかかってしまった。


以下、一部にハイコンテクストな内容を含む。つまらない部分 (特に物理の細かいアレコレなど) は読み飛ばしても大丈夫なので、よろしければお付き合いいただきたい。用語などにはなるべくリンクを付した。

今日は何の日?

さて、私が今日のこの日、12月13日を選んだのは、あのAnderson氏の誕生日だからである。Andersonと言ってもこの時期そこらでかかっているクリスマスソングなど (そりすべりタイプライター, etc.) で有名なLeroy Anderson氏ではなく、物理学者であるPhilip Anderson氏 (1923-2020)のことである。
本当は12月25日がニュートンの誕生日だからそっちを話したかっt
誕生日と言えば、ゐけだたゐき氏とyasu氏はアドベントカレンダー投稿日(12/04, 08)にお誕生日を迎えられたそうです。おめでとうございました。めっちゃ祝われててうらやましい。

話をAnderson氏に戻そう。彼は1977年にノーベル物理学賞も受賞している。授賞理由は

For their fundamental theoretical investigations of the electronic structure of magnetic and disordered systems

Wikipedia

直訳すれば、すなわち「磁気的な系、無秩序な系における電気的構造の基礎理論に関する成果」といったところだろうか。まぁこれだけ聞いてもよくわからんよね。ヨビノリさんがいい動画 (ノーベル物理学賞解説) で説明してくれているので、これについては今回僕からは特に説明しない。

ただ、ゆる学徒ハウスにも「ゆる物理学ラジオ」として応募した身として(音楽学のことは措いておく)、また常日頃から彼の理論の血を受け継いだ研究をする者として、この日を祝わずにはいられない。そこで今回は、 (賢明な用例諸氏はお察しのことと思うが) Anderson氏の有名なあの言葉について書きたいと思う。

水と氷と水蒸気

しかし本題に入る前に、水について少し説明をしなければならない。皆さんは水と聞いて何を思い出すだろうか

水、人体の大部分を構成する。海の主成分でもあるし、雨も川もそうだ。
化学式は $${\text{H}_2\text{O}}$$、水素二つと酸素一つの化合物である。常温で液体であり、極めて安定な分子だ。高校化学をやった人ならこんなところだろう。酸素の部分が隣の分子の水素部分を引き寄せる、ファンデルワールス力 (水素結合) まで思い出せれば上出来だ。
人によってはDHMO (一酸化二水素:dihydrogen monoxide) なんてジョークを思い出すだろう。秀逸な話なので聞いたことがないという人はぜひ一読してほしい。人がいかに似非科学に騙されるかの本質をついていると思う。

協和界面科学株式会社HPより

しかしこの、水という極めて身近な物質の本質とは何だろうか?

実は、 $${\text{H}_2\text{O}}$$という化学式を眺めているだけでは、水について知ることはできない。なぜなら、分子だけを見ていては、水と氷と水蒸気の違いが説明できないからだ。水は100度を超えると気体としてバラバラに飛び回っているが、少し冷やすと滑らかな液体になる。そしてさらに冷却すると、ダイヤモンドに似た構造のしなやかで美しい結晶を作り、固体となる。この鮮やかな3変化は (多くの人がその感動を忘れてしまっていると思われるが)、水分子一個をいくら眺めていても見られない。こういった現象は、例えば$${10^{23}}$$個 (0が23個) という莫大な数の分子が集まって初めて観測されるのだ。ここに統計力学物性物理学の妙がある。(これらの物理学についてもいずれ語りたいが、脇道に逸れてしまうのでまたの機会に。)

量的な変化は、すなわち質的な変化でもある

水分子ひとつひとつはシンプルでも、たくさん集まると全く異なった振る舞いをするようになる。我々物理学者は上のような水の三態変化をもっと抽象的に捉えて、相転移と呼んでいる。水だけでなく、熱した金属がドロドロに溶けるのもそうだし、実は磁石を温めると磁性がなくなってしまうのも、ある種の金属などを冷却すると抵抗がゼロになってしまう超伝導も、みな相転移の一種である。そして水や氷、磁石のようなそれぞれの状態のことをそうという (ラジオだと、「そう(肯定)」や「〜そう(推測)」と音が干渉するので喋りづらそう)。

こうした原子や分子たちの共働現象が起こる条件は、基本的には二つしかない。量、あるいは数と、相互作用だ。
(実はその量すらかなり少なくても大丈夫ということが知られていて、水分子はどこから水と呼べるのかという興味深い問題もあるけれど、この話題も割愛する。)
これについては堀元さんもゆるコンピュータ科学ラジオ (言語学から独立する前の初回) で触れていたと思う。こちらでは堀元さんはクラークの言葉を引用していたけど、僕の頭には別の言葉が浮かんでいた。
それが、Anderson氏のこの言葉だ。Science誌へ投稿された記事のタイトルでもある。

More is Differnt 
Broken symmetry and the nature of the hierarchical structure of science

SCIENCE 177, 393-396 (1972).

量はなり。たとえシンプルで対称な原子・分子でも、多く集まると“対称性”を破り、階層的な構造を形成する。この発見は、人類の世界に対する理解を深め、科学を大きく発展させた。我々が手にした数少ない真理の中でも、最も強力な法則の一つだ。
当時の行き過ぎた要素還元主義に対する反論でもあり、秩序の乱れた系に関する普遍性を見出してノーベル賞を受賞した彼自身の姿勢を示す言葉でもある。

(先日、統計力学分野で有名な田崎先生がこの話題で配信されていた。興味のある方は是非。) (アーカイブありませんでした…残念)

過剰な一般化:学徒たちの結晶

さて、これで終わってしまうのはつまらないので、ゆる言語学ラジオ伝統の「過剰な一般化」を適用してみよう。本業の物理学者の前でやったら物理で殴られます。ご注意下さい。

相転移あるいはそれに類する現象は、社会のそこかしこで見られる。何せ数と相互作用 (引力でも斥力でも) があればよく、シンプルな原子でも起こるのだから、複雑な人間や組織が絡めばなおさらだ。クラスや会社では自然に仲良しグループとそのヒエラルキーが形成されるし、人は集まると家族、村・町・国を形成する。国と国は地域で連帯を形成する。京都の鴨川沿いには等間隔にカップルが形成されるし、千葉の鴨川ではラジオパーソナリティのカップルが形成される。それこそがゆる学徒ハウスである。

実際に千葉の鴨川にたどり着けたのは10人で、そのうち何人がカップルを形成出来たのかは本日時点では不明だが、あれだけの実力者がひしめく中、魅力的なカップルによる新たな相が現れたことは想像に難くない。
僕はといえば二次選考で落ちてしまったわけだが、他にも30名もの一次選考通過者が鴨川に行けずに燻っている。僕は彼ら(特に電脳史学のスミノさんなど)と話がしたくて、通過者が鴨川に行っているその裏で、飲み会を企画した。
ありがたくも十数名もの参加者が、九州を含む遠方からも東京に集まり、昼から (一部の学徒にとっては) 朝方まで続く大宴会となった。参加できなかった学徒は、代わりに5分の動画を送ってくれたりもした(UraQさんありがとう)。
その日話した誰もが素敵な知識や体験談を惜しげもなく披露してくれたし、その間僕はずっと「おもしれ〜〜〜!」と言っていた。えしゅぞーさんのレヴィ・ストロースの引用に神妙にうなずいたかと思えば、次の瞬間出たパワーワードにみんなで笑い転げたりもした。くろうにさんのエンジニアあるあるには共感しかなかったし、ぱげ太さんの出す実用に基づく具体的な数値には説得力しかなかった。アルフさんpangolliraさんあんとれさんの生物トークには底がなかったし、飲み会の場だというのにまつながさんの腸内環境学は注目の的だったし、正確なタイミングでくまさんが引用する聖書ネタも的を射続けていた。僕がテキト〜な疑問を口にすれば、しまんさんはその場でヒルガードを取り出して調べ始めた。その頭越しに、同業であることが判明したかぐさんかしかんさんは「ご専門は…」とお見合いのような探り合いを繰り広げていた。

この日行くまで僕は内心、いつかの堀元さんのnoteのようになってしまわないかとドキドキしていた。全くの杞憂だった。最高に楽しい時間を過ごして、僕は確信した。
「この人たちと何かがしたい。絶対に面白くなる。」
実際こういう旨のことをその場でも何度も口にして、みんなが頷いてくれた。こうしてゆる学徒ハウス別館が生まれた。堀元さんにもきっちり仁義を切って、協力していただく運びとなった。残りの学徒の多くも参加してくれた (今現在誰が加入しているかはご想像におまかせしよう)。そして、惜しくも3次選考で漏れてしまった学徒たちも歓迎したいと思っている。

ここで生まれた一つの集団がどんな相を見せるのか、僕たちはまだ実験の途中だ。ひとりひとりを見ているだけでも楽しいのに、相互作用による連鎖反応は止まらない。そういえばUraQさんが語ってくれたGalaxyも、星たちの相ととれるかもしれない (厳密な考証は行っておりません)。ゆる学徒ハウス三次選考とともにやってきた相席落徒もいよいよ佳境を迎え、徐々に学徒たちのオリジナルラジオも上がってきた。用例諸氏におかれましては、我々の今後の活動を暖かく見守っていただけると幸いです。

そして我らがゆる言語学ラジオから始まったフランチャイズも、ゆるコンピュータ科学ラジオに加え、これから生まれる (であろう) 新番組たち、そして別館と、その勢いは留まるところを知らない。

More is different. ただ増えるのではない。堀元さんたちと僕らが見せる相が、用例のみなさんにとっていつまでも興味深いものであることを祈って、本日は筆を置くことにする。

2022年 12月 某日 LE0_jp


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