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過去の自分を少し成仏しに行ってきた【14歳の栞】

数日前にTwitterのタイムラインに流れてきた、ある映画の予告編。

とある中学校にある「2年6組」の3学期を追ったドキュメンタリー「14歳の栞」だ。

予告編を見ただけで、自分の14歳の頃の思いが急にフラッシュバックして、暗い靄がかかったような感覚が押し寄せてきた。

何だろう…すんごくイヤーな気分にもなるし、かと思えば、中学校あるあるネタもどんどん放り込まれていて笑えるし、胸が詰まりそうになって涙も出る。

予告編を見た後、心の中はそんなに穏やかではない状態だったのに、どうしても映画を見たくなって、先日、渋谷のシネクイントに行ってきた。

中学生は「大人の階段を登り始める」とか良く言われるけど、本当に大人になりたいかどうかなんて人さまざま。

「まだまだ子どものままでいたい」と、階段を登るのを拒否する人もいれば、「早く大人になりたい」とガシガシよじ登ろうとする人、「もう登っちゃってますけど何か?」と既に達観している人まで、本当に色んな人がいる。

自分が中学生の頃どうだったかなぁ…と振り返った時。

生徒会の役員をして、成績も良くて、でも堅物のガリ勉と思われるのもイヤだから、中間だか期末テスト中に、英語のテストの解答をクラスメイトに見せてカンニングさせて先生にこっぴどく叱られたり…とかいう、ちょっと悪いところもあります、というフリもして。ほんとはそんなことする気なんかなかったのに。

部活は吹奏楽部を一生懸命やって、「〇〇ちゃんって〇〇くんのこと好きなんだって!ワー!キャー!」みたいな話にも乗りつつ。

あ、初めてライブに行ったのもこの頃だな。ユニコーンを見に行った。音楽業界の裏方仕事に憧れて、どうやって東京に行こうか…ということばっかり考えてた。

でもって、女子あるあるの「順繰りになぜかグループからハブられる」というのも経験して。

今思えば、楽しかったことも沢山あった気がするんだけど、なぜどんよりした気分になったのか。

「スクールカースト、超メンドクサイ!」「早くこんな場所から抜け出したい!」と思いながらも、実際は、他人から見えている自分のイメージをキープするのにはどうしたらいいか?学校の中での自分の立ち位置はどこが適切か?というのを考えすぎていたのかもしれない。

本当は、どこかに所属すること自体が面倒で、行きたいところに自由に行きたいはずなのに、当時の私には、あの学校という空間で、無所属で生き抜くガッツなんてなかった。

ただの自意識過剰な八方美人。今思うとほんとアホだけど。

学校のクラスの30数人の構成って、部活の体育系:文化系の比率とか、スポーツ万能でモテる人、お笑い担当、クラスの行事とかどうでもいいし…と斜に構えている人などなど…、いつの時代もだいたい同じなのかもしれない。

まぁ、この映画にはいなくて、うちのクラスにいたのは、ガラスを叩き割ったり消火器振り回したりする、尾崎豊マインドな破壊王くらいかな。

「自分の意思で全く選べない」という、ある種残酷な状況で出会ったクラスメイトと1年を共に過ごすって、本当に奇跡的なことだけど、映画の中で生徒たちが話す言葉は、とにかくまぶしいし、生臭いし、見ていて苦しいこともあり。

色んな考えを持った人間が集まって1年間同じ教室で過ごすんだから、そりゃあ色んなことが起きて当たり前だけど、みんなが見ている世界は人それぞれ。学校が自分の活躍の場だと思う人もいれば、学校は完全にオフの場で、他に楽しみややりがいを求めている人もいる。

学校が社会の縮図と思いがちだけど、社会は思いのほか広い。

自分の学校生活を振り返ったとき「この人、学校楽しくないのかなぁ…」と思うような人もいたけど、そんな人は、今思うと、学校の外に自分がとても輝ける世界を持っていたのかもしれない。

映画を見ている間、自分の色んな思い出玉手箱がパッカーン!と空いて、ドロドロドロドロ…と出てくる感情と向き合いながら、当時の自分と対峙する…というのは、あまり心地よいものではなかったけど。

ひとまず「14歳の頃のお前は、まあよくやってたよ!」と言ってやりたい。今はそんな心境です。少しだけ過去の自分を成仏できました。

…と、泥臭いことを書いてしまったけど、もしこの先同窓会があったら、また行きますよ、たぶん(笑)

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