芥川龍之介『トロッコ』【基礎教養部】[20220605]

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現代に生きる我々の周りには「速さ」が満ち溢れている。例えば自動車や電車、新幹線など生活に欠かせない必要不可欠なものである。しかし「速さ」が特殊で憧れの対象となる時代もあったのだ。『トロッコ』で描かれている世界観はまさにそれである。良平がトロッコに対して強く惹かれた大きな理由の一つに速度という概念があることは間違いないと思われる。良平にとってみればトロッコは憧れである速さを持った類まれなる遊び道具であったのかもしれない。しかしトロッコの本来の目的はなんであろうか?そう、土工達の大切な仕事道具なのである。この認識の違いが良平の感じた若い二人の土工への不信感へと繋がっている。

本作の内容にもやや関連があることだと思われるが、あなたは誰かの仕事道具を勝手に触って怒られた経験はあるだろうか?私は父の仕事道具である包丁の入ったケースに触れようとして怒られた経験がある。小さい頃は怒られた意味がよく分からず疑問に思っていたが今になって振り返ってみるとその意味が分かってきた。もちろん包丁に触れてしまい怪我をする可能性があるということも大きな理由の一つではあるが、怒られた一番の原因は遊びで触れようとしたからではないかと思う。麦わら帽の背の高い土工は良平がトロッコに勝手に触ろうとしたことを咎め、怒鳴った。これはある種の線引きであったと思う。労働する資格を持たざる者が労働のための道具に気安く触るべきではないという線引きなのだ。
大人になった良平の脳裏によぎるのは背の高い麦わら帽の土工であるということからも良平は「労働」について知り、労働の持つ重みを実感しながら生きている事が分かる。本作の最後では彼が感じた塵労が細々と一すじ断続していると書かれており疲れたとしても延々と続いていくものとして描かれている。約100年だけ経過した我々も労働から逃れることは出来ず、人生の大半を労働が占めていると言っても過言ではないだろう。そんな我々はどうすれば良いのだろうか?我々の前にはどんな道が見えるのだろうか?

#JLAB   #基礎教養部  #読書  #トロッコ

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