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(シンポジウム記録)メタ観光シンポジウム vol. 3 「メタ観光という観光」

■ 日 時 2021年12月22日(水)19:00 – 21:00
■ 場 所 オンライン(有料)
■ プログラム
 1. 挨拶 牧野 友衛(代表理事)
 2. 講演 観光の系譜から見たメタ観光 菊地 映輝(理事)
 3. 講演 文化・自然観光とメタ観光 齋藤 貴弘(理事)
 4. パネルディスカッション
  モデレーター 菊地 映輝
  パネリスト
     矢ケ崎 紀子(東京女子大学)
     山村 高淑(北海道大学)
     松本 健太郎(二松学舎大学)

挨拶──牧野友衛(メタ観光推進機構・代表理事)
 牧野友衛代表からメタ観光の定義と機構の設立、およびこれまでの取り組みについて説明がなされた。メタ観光とは「地域の文化資源・魅力の多様な見えない価値を多層レイヤーのオンライン地図に可視化して楽しむ新しい観光」である。従来の観光地に対し、歴史的価値に限らず様々な価値を発見し、仮想レイヤーとして可視化することで重層的な観光資源を楽しむ観光行動と言える。このレイヤーの可視化に重要なのは位置情報の活用である。従来、各観光地に対しては様々な視点に基づいた観光価値の発見がなされ、またそれらを観光資源とするツーリズムの様態も別個に存在してきた。メタ観光においては、GPSおよびGISによる位置情報を用いて当該地域に関する観光情報を縦串で一括することで、多層的に観光地の価値を引き出すことが可能となる。
 このようなメタ観光の発展・普及を目指し、2020年11月10日に一般社団法人メタ観光推進機構が設立され、様々な分野で活躍する設立メンバーのもと、メタ観光推進に向けた具体的な取り組みがなされてきた。2021年前半ではメタ観光の周知を目的としてオンラインシンポジウムを開催、アートやまちあるきというテーマからメタ観光のコンテンツ的可能性が検討された。またテクノロジーの観点からは、メタ観光におけるオープンデータの活用や観光情報の地図化、AR・XRを活用した観光経験の可能性などが検討された。これらの議論をさらに実証実験的取り組みに発展させ、具体的な地域にメタ観光を適用することで地域の資源の高付加価値化、観光資源の可視化と増加が可能になるという結果を得られた。
 上記の活動を踏まえ、文化庁委託事業として2021年9月から12月にかけて墨田区との共催により「すみだメタ観光祭」を実施した。墨田区では観光事業の課題として観光客の東京スカイツリーへの一極集中や他地域への分散が問題となっていた。同時に、墨田区は江戸時代以降の文化が集積するという意味で多層レイヤーの宝庫でもある。このような点に着目し、メタ観光祭では墨田区の観光価値を可視化しつつ、さらなる観光振興へと繋げるための取り組みを行った。具体的には、地域住民の協力や外部アーティストの参加によってワークショップ、まちあるき、作品展を企画し、それらをレイヤーとタグで可視化したメタ観光マップを公開した。墨田区という一つの地域に複数の観光資源を発見・追加することによって、観光価値の増加に寄与することができたと言える。
 以上のように、メタ観光推進の取り組みとして、コンテンツ・技術的な理論の検討を経て実証実験を行うという一連の活動を行ってきた。本シンポジウムでは、これらの取り組みを観光学の視点から見た時にどのように論じることが可能かというテーマを軸に、以降簡略な観光の変遷と文化・自然観光領域における政策的な注目について述べ、パネルディスカッションでの議論に繋げる。

観光の系譜から見たメタ観光──菊地映輝(メタ観光推進機構・理事)
 次に菊地映輝理事よりこれまでの観光の変遷とメタ観光の接続可能性についての説明がなされた。
 いわゆるマスツーリズムと呼ばれる観光の大衆化は1960年代から1970年代にかけて本格的となった。しかし1970年代には地域への負荷といったマスツーリズムの弊害や、観光開発の行き詰まりなどが課題となり、それらを打開しようと新しい観光概念が無数に生まれる事態となった。これらを総称するニューツーリズムという概念は2000年代に登場し、主に観光経験におけるテーマ性の重視や体験型・交流型の観光が目標とされた。さらに旅行会社主体の発地型観光ではなく、地域住民が積極的に関わる着地型観光といった形で、地域活性化の期待も観光に向けられることとなった。
 このような着地型観光が可能となった背景には情報化という社会変化が指摘できる。スマートフォンの普及によって観光を仕掛ける側が位置情報を活用できるようになり、またSNSの普及によって観光客側では位置情報そのものをコミュニケーションに活用するなど、ICT機器の発達が多様な観光の可能性を拓いたと言うことができる。
 情報化を前提として観光現象が展開する状況と、メタ観光はどのように接続可能か。メタ観光の定義に戻れば、位置情報を活用して点在した観光地の情報を一括することがその特徴であった。このことから、2000年代のニューツーリズム以降、一つの地域に対し複数の形で発展し、それゆえに相互補完も困難であった様々な「ツーリズム」概念を位置情報によってまとめることで、従来の観光の一体的運用が可能となる。たとえ当該地域から見えるレイヤーが小さくとも、メタ観光によってレイヤーの重層性が可視化されれば、地域の価値を増大することができるのである。

文化・自然観光とメタ観光──齋藤貴弘(メタ観光推進機構・理事)
 齋藤貴弘理事からは、文化庁や観光庁の観光事業へのアドバイザーとしての経験から、メタ観光の文化・自然観光への適用について発表がなされた。
 現在、文化・自然観光においては、「資源の保存から活用へ」という転換が主張されている。文化財や自然といった資源を観光と対立させるのではなく、価値を高めて活用させる方向が模索されている。ここで政策的に重要なのは、地域ならではの文化や産業、さらには地域の精神性といったその地域らしさに、どう光を当てるかということである。地域住民の間では、ときに自分たちの地域には観光資源になるようなものは何もないという声が聞かれる。しかし、それは実際に何もないのではなく、見つけるためのものさしがないと捉えることができる。よって観光政策においては地域の良さを発見するものさしを上手く導入することが不可欠であり、この点でメタ観光がソリューションになりうる。
 本シンポジウムで説明されてきた通り、メタ観光の導入は地域資源の価値を可視化し高付加価値化することを可能にする。ここから、地域にいくつかの変化を起こすことが期待される。一つには地域そのものへの作用であり、住民だけでなく観光客も巻き込んで、当該地域の関係人口の増加、つまり観光だけに閉じるのではない取り組みがメタ観光によって期待される。また、地域住民に対しても、外部からのまなざしによって観光資源に気づくことで、シビックプライドの盛り上がり、さらには地域文化の支え手となる層が増加することも期待される。また経済的側面においてもメタ観光の効果は予測される。地域の観光価値が再発見されることで、観光客の来訪と地域経済の活性化により、経済循環が発生する。このような新しい経済を生む起点としてのメタ観光の可能性は、観光政策の観点から見て非常に重要であると指摘できるのである。

パネルディスカッション
 ここからは3名のコメンテーターを招き、各自コメントを述べた上で観光学的知見からのメタ観光の可能性について議論を進行する。

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 最初に矢ケ崎紀子先生より、コロナによって大きなダメージを受けた観光業の今後と、メタ観光の貢献についてコメントいただいた。観光業の回復を目指すにあたり、業界内では復旧ではなく復興というキーワードが使われる。これはただ単にコロナ以前に戻るのではなく、さらに観光業を発展させるという意志が込められている。コロナ禍を経て、観光形態は三密回避やSDGs対応などの変化が予想されるが、そのためにはデジタルマーケティングの活用が必要となってくる。各地域ではすでに復興へ向けた取り組みがなされており、リピーターづくり、消費単価の向上、他産業も含めた域内循環が重要な事項として意識されている。これらの課題に対してメタ観光は以下のように貢献可能である。レイヤーによって意味が多層化された観光地では、観光客は能動的に観光地の魅力を発見することができる。そのような積極的な関わり方はリピーターづくりと大きく関わってくる。また、ICT技術を応用するメタ観光によって観光客の分散化が可能となる。さらに地域の様々なスポットをめぐる旅行行動は、消費の域内循環を促すことにも繋がる。そしてメタ観光の拡張現実的な楽しみ方は若者へのアプローチになり、若年層を中心としたシビックプライドの醸成が期待されるのである。

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 次に山村高淑先生からはコンテンツツーリズムとメタ観光の接続可能性を指摘いただいた。コンテンツ産業におけるメディアミックス展開と、情報化を背景とした国境を越える消費の進展によって、コンテンツ作品を様々なメディアが取り囲む状況が発生した。その中でコンテンツをめぐる物語が循環する構造が「物語世界」であり、この物語世界を構成するメディアのうち、場所に特に着目し、物語世界の生産・流通・消費のサイクルを軸に観光現象を読み解くアプローチとして位置づけられるのがコンテンツツーリズムである。
 ここでは、メタ観光かコンテンツツーリズムか、といった分類は問題とならない。両者は場所のメディア性や意味の多層性、消費者が生産者にもなりうるプロシューマー性に着目する点で共通している。つまり両者は相対する概念ではなく、あらゆるツーリズム現象が内包する物語的なフィクション性にアプローチするための、補完的な概念なのである。しかし相違点も指摘できる。それはメタ観光がテクノロジーを活用し、現実の場所・空間に依拠するのに対し、コンテンツツーリズムではファンのイマジネーションが重視され、物語世界という虚構性の拡張が見受けられる。こうした違いはメタ観光にコンテンツツーリズムを包含させる際に障害となる可能性が否定できない。例えばコンテンツツーリズムではファンが作品の世界観と似ているとして「見立て」を行い、非公式聖地を作り出す場合がある。この場合公式情報として使えないため、レイヤー化やタグ化ができない。メタ観光は地域や事業者が協力して地域の観光情報を一括する取り組みであるが、そのような情報提供が過剰になってしまった時、自ら情報を生み出すファンの楽しみが冷めてしまうこともある。コンテンツをファンが楽しむ際の「創造性」と「想像性」の余地をどのように担保するかということが、メタ観光としてのコンテンツツーリズムを展開していく上での課題となるだろう。

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 最後に松本健太郎先生より「体験の技術的合成」という観点でのメタ観光の可能性に関する問題提起がなされた。体験の技術的合成とは、体験が技術的なシステムの中で合成されているという事態を指し、広義のシミュレーションと言い換えることもできる。現代では「ある体験」がその本来のものとは別の技術的文脈のなかでシミュレートされ、再構成されることがよくある。特にコロナ禍以降、オンライン飲み会やオンライン授業、観光業ではバーチャル観光やオンラインツアーなどが出現し、オンラインとオフラインの比率の変容が顕著になったことが指摘できる。
 しかしながら体験の技術的合成は、現実空間との接続によっても行われる。ポケモンGOに代表されるようなGPSを前提とする位置情報ゲームは、現実と虚構の結びつきを強化する役割を果たした。従来ではゲーミフィケーションという用語で説明されたような、ゲーム的要素のゲーム以外の領域への適用が、現在ではゲームによる体験の文脈の提供として現実空間と連関しながら機能することで、都市空間のテーマ化を促していると見ることもできるのである。
 以降のディスカッションパートでは、主にメタ観光が現在抱える課題についての議論がなされた。まず司会の菊地からの質問として、メタ観光のデジタルテクノロジー的側面が強調されがちだが、それだけがメタ観光の存在意義なのか、という問いがなされた。これに対する回答として3名ともに共通していたのは、従来の観光が志向していながら実現できなかった部分を、テクノロジーによって補完するのがメタ観光である、という認識である。山村が指摘したように江戸と東京の地図を重ねて楽しむなど、これまでの観光にもメタ観光的な要素は存在していた。そのような楽しみ方を作り上げる手段やオプションの可能性がデジタルによって広がるところにメタ観光の特徴がある。また、矢ケ崎は地域の良さを語れるような語り部的な住民はどこにでもいるわけではないので、その役割をメタ観光が補完するという可能性も指摘した。
 メタ観光の技術的重要性が確認された一方で、物理的な移動を伴う身体性とメタ観光の接続可能性についても議論が及んだ。松本はeスポーツを例に挙げながら、ヴァーチャルを経験することで満足するのではなく、その上で実際にそこに行ってみたいと思えるような、関心の入り口としての役割がメタ観光にあると指摘する。上記のような観光客の能動性に加えて、山村は身体の移動によって得られる現地での偶然性にも言及した。インターネットでは情報のマッチング精度が高まり、ますます最適化された情報のみが得られるようになっている。しかしそのような情報を介しては出会えないようなものに偶然に出会うこと、さらにそこから人びとの交流が発生しコミュニティが形成されることが、メタ観光と身体性の重要な論点として挙げられた。
 最後には地域住民にとってメタ観光がどのように効果的であるか、またメタ観光がもたらす情報が地域にコンフリクトを引き起こす可能性について議論が交わされた。山村と松本は共通して、地域住民が日常では見過ごしていた地域の良さを再発見できる機会としてのメタ観光の可能性を指摘した。そのような可能性は現地住民の中でも接点のなかったメンバー同士の繋がりを促し、コミュニティ再構築の契機ともなりうる。
 矢ケ崎はさらに、観光によって発生する消費がしっかり地域で循環する必要があると述べ、例えば住民によって普段使いされている飲食店をマップに載せるなど地域への貢献に重点を置くことを強調した。以上のコメントからは、メタ観光を導入する際には地域住民も納得できるような提案をすることが、地域とのコンフリクトを軽減することに繋がるという示唆が得られるだろう。

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