見出し画像

(シンポジウム記録)メタ観光シンポジウム vol. 2 「メタ観光の基幹技術」

■ 日 時 2021年8月19日(木) 18:00 – 21:00
■ 場 所 オンライン(有料)
■ プログラム
 1. 主旨説明 牧野 友衛(代表理事)
 2. 講演   メタ観光と技術 真鍋 陸太郎(理事)
 3. 事例紹介
  庄司 昌彦 (武蔵大学)
  田良島 哲 (国立近現代建築資料館 / 東京国立博物館)
  水田 修 (KDDI株式会社)
 4. パネルディスカッション 「メタ観光の基幹技術」
  コーディネーター 伏谷 博之(理事)  牧野 友衛
  パネリスト 庄司 昌彦 田良島 哲 水田 修

主旨説明──牧野友衛(メタ観光推進機構・代表理事)

 メタ観光とは「GPSおよびGISにより位置情報を活用し、ある場所が本来有していた歴史的・文化的文脈に加え、複数のメタレベル情報をICTにより付与することで、多層的な観光的価値や魅力を一体的に運用する観光」のことを指す。例えば東京都千代田区神田にある老舗の甘味処「たけむら」は、東京都選定歴史的建造物であるほかに、池波正太郎の小説、仮面ライダー、ラブライブ!、ポケモンGOにとっての「聖地」として、様々な意味づけ・目的が同時に存在する観光地である。このように一つの場所にメタタグ的に複数の情報を付与して、Google Mapを見るだけでは分からないような「他の人の楽しみ方」を可視化し、共有することを楽しむ新しい観光スタイルがメタ観光である。メタ観光推進機構には都市工学や社会学など、観光について考えている様々な立場からメンバーが集まり、その普及活動や勉強会などを行っている。
 メタ観光を実現するためには次の二つのことが必要だと考えられる。一つは技術の「開発」、もう一つはその「振興」である。現在はまだメタ観光を十全に楽しむためのマスターデータベースが存在していない段階にあるので、まずはその開発が目指されなくてはならない。それと同時に、地域や空間に対する様々な情報を表示することによってどのような楽しみを生み出すことができるのかを考えるため、例えば地図のキュレーション、ガイドツアーの実施、AR技術の活用など、メタ観光を振興させる側面についても考えていかなければならない。
 従って、メタ観光の推進には様々な業界および専門家との連携が求められることになる。例えば情報を有するコンテンツパートナー、技術を有するテクノロジーパートナーのほか、キュレーションパートナー、ストーリーを語るガイドバートナーとも協力関係を築いていく必要がある。これらの課題を踏まえたうえで、今回のシンポジウムでは特に「テクノロジー」の側面について議論を深めていきたい。初めにメタ観光推進機構の理事である真鍋陸太郎氏より議論全体に関わる論点を提示してもらう。その後、庄司昌彦氏(武蔵大学)、田良島哲氏(東京国立博物館)、水田治氏(KDDI株式会社)から、それぞれオープンデータ、デジタルアーカイブ、5GおよびXRに関する事例報告を行ってもらい、最後はパネルディスカッションを通じて各議論をより深く検討していきたい。

メタ観光と技術──真鍋陸太郎(メタ観光推進機構・理事)

 観光が情報の消費であるという事実に着目すると、メタ観光は情報を①集める、②蓄える、③編集する、④表現するという4つのシーンに分けて考えることができる。ここではそれぞれのシーンごとに、どのような論点や展開可能性がありうるのか考察していきたい。
 第一は、①集める=“Collecting”のシーンである。ここでは都市や地域に関する既存の情報をメタ観光の資源として捉え直すことが重要になる。例えば紙媒体の冊子で記録されている情報をデジタル化してAPIで繋げたり、ネット上の情報をAIによるデータ抽出によって巡回したり、テキスト置換などによって収集したりする技術が必要となるだろう。第二は、②蓄える=“Archivig”のシーンである。収集された情報は、広くアクセス可能な形でデータベースおよび地図としてアーカイブ化される必要がある。このアーカイブ化の段階では、メタデータの使用や他のサービスとの連携に関わる論点や、公共性やユーザーコミュニティとの関係を踏まえつつ情報が誰によってどこに作られるべきものであるのかという論点が浮上する。更に、メタ観光の場合、情報が一つの空間上に重なっていることにこそ面白さがあるので、それを地図としてどのようにビジュアライズするかも考えられなければならない。第三は、③編集する=“Editing”のシーンである。これは新しい視点によって対象をキュレーションする作業とも言い換えられる。ある場所についての情報を重ね合わせることによってその楽しみ方を多様化したり、別の場所へと誘導したりすること、あるいは場所どうしの持つ意味づけのコンフリクトも敢えて楽しめるような形で回遊ルートをデザインすることなどの工夫が求められる。第四は、④表現する=“Presentation”のシーンである。メタ観光が注目する街なかの要素がこれまで観光資源として捉えられてこなかった理由の一つは、それらが持つ価値や情報が十分に可視化されていなかったという事実にある。ICTを使って情報を可視化し、リアルな現実そのものを触れることが出来ない情報と組み合わせて表現できるような技術が必要となるだろう。
 ここまで、いわば「メタ観光テック」──メタ観光推進のためにどのような技術が必要であるか──に着目して、論点の提示を行ってきた。紹介した技術のなかには既に実現されているものもあるが、それらはメタ観光に活用することを通してより一般に浸透することも期待されるのではないだろうか。もちろん、その実現のためには解かれるべき技術的・社会的課題も積み残されており、メタ観光推進機構は現在、その解決を目指して活動しているところである。
 今日のパネルディスカッションでは上記の4つのシーンを踏まえながらメタ観光の実現にどのような技術活用が可能であるのか、それぞれ事例紹介を行ってもらい議論を進めていただくことになる。

オープンデータ関連の事例──庄司昌彦(武蔵大学・教授)

スクリーンショット 2022-03-05 20.42.38

 最初に、庄司昌彦氏による報告では、オープンデータ化による観光資源の活用可能性をテーマとして議論が行われた。オープンデータとは、誰もが目的によらず自由に使用・編集・共有できる情報のことを指す。それには定量データのみでなく文書や画像なども含まれており、縮小社会でも枯渇しない資源であることに大きな利点がある。その利用をめぐる根本的な考え方には、情報やデータを社会における資源(コモンズ)として位置づけることによって、その他の資源であるヒト・モノ・カネもより柔軟に活用可能になるという発想がある。
 オープンデータは個人のプライバシーのみを知るためのものとして誤解されることも多いが、実際は個人を取り囲む「環境」としての都市や街がどのような状態にあるのかを知ることができることにこそ特徴がある。例えばシカゴ、ロンドン、バルセロナなどでは、交通量や二酸化炭素排出量など、都市がいまどのような状態にあるのか一目見て分かるようにする取り組みが進められている。日本でも福岡市が九州電力と協力し、児童の見守りを行っている事例などが存在する。
 特に庄司氏が携わってきたオープンデータ化の事例のうち観光に関わるものとしては、高校生が古い街の写真の由来を地域の人々に尋ねて回る静岡県富士宮市(富岳巻高校+富士宮駅前通り商店街)におけるワークショップや、過去に取られた写真の場所を探して改めて写真を撮り比べてみた和歌山県田辺市(田辺高校+田辺市商店街振興組合連合会)における取り組みなどがある。これらの事例が示しているのは、家庭で眠っている写真もデジタル化することによって一つの地域資源に変えられるという可能性である。
 哲学者・思想家の東浩紀は、言語ごとに「ニセコ」での検索結果が異なることを例にとり、現実のランドスケープと情報の風景(インフォスケープ)とのあいだに差異が生まれつつあることを指摘した。ただし、このような差異は言語の違いのみに基づくものではなく、例えば同じ日本人どうしにとっても生じるものと考えられるだろう。都市の見え方は人それぞれに違っているし、かつ違う見え方が同時に存在していることにこそ面白さがある。他の人に見えているような新しい都市の見方にも触れられるような仕掛けとして、「メタ観光」の考え方を結実させていくことが重要なのではないだろうか。

ミュージアム資料情報の活用基盤としてのデジタルアーカイブ──田良島哲(東京国立博物館)

スクリーンショット 2022-03-05 20.43.02

 続いて田良島氏による報告では、真鍋氏が提起したシーンのうち特に「集める」・「蓄える」の側面がデジタルアーカイブの観点から掘り下げられた。デジタルアーカイブとは文化資産をデジタル化して保存することを意味する和製英語である。
 これまで、文化資産のホルダーとしてのミュージアムは、次のような形でしかそれを「公開」できないという限界を抱えていた。すなわち、公開する内容やテーマは観覧者が選べるものではなく、ミュージアム側が選ぶものであること、観覧者には作品の背景である情報へのアクセスが難しいこと、誰でも原品を扱えるわけではないことなどである。
 これらを乗り越える取り組みとして、博物館におけるデジタル画像公開が東京国立博物館の研究情報アーカイブズ(1995-)などで地道に進んできた。この取り組みはフィルムそのものをスキャンしているため、生の状態に近い画像を研究素材として提供するものだった。更に、この十数年のあいだには世界の美術館でオープンデータ化が急速に進んできた。たとえばRijksmuseam Amsterdam、Art Institute of Chicago、Metropolitan Museam of Art、Place Museam, Taipei、あるいはルーブル美術館や大英博物館も作品のオープンデータ化を進めており、現在は大きな博物館がオープンデータ化を進めるのは当然という流れがつくられてきていると言える。
 日本でもColBase(国立文化財機構所蔵品統合検索システム)が作成、公開されている。同システムでは現在4博物館と1研究所の所蔵する14万件のデータが検索可能であり、そのうちの2万4000件については閲覧することも可能である。一部のデータは英中韓のテキストにも対応しており、展示解説に使われた音声データも検索できること、あるいは比較的高精細な画像を提供していること、検索結果のテキスト・画像をオープンデータ化していることに大きな特徴がある。
 また、2020年には書籍、文化財、メディア芸術などさまざまな分野のデジタルアーカイブと連携して、我が国が保有する多様なコンテンツのメタデータをまとめて検索できる「国の分野横断統合ポータル」であるジャパンサーチ(2500万件のデータが検索可能)がリリースされた。このように、現在は様々な機関でも徐々にオープンデータ化が進み、複数のデジタル情報の横断的検索が検討されるなど、デジタルアーカイブの連携と活用が推進されている状況にあるといえる。これらの技術活用はメタ観光の実現・推進にとっても大きな示唆を与えるものだろう。

KDDIの5G・XRによる取組み紹介──水田治(KDDI株式会社)

スクリーンショット 2022-03-05 20.43.19

 最後の事例報告である水田治氏からは、KDDIの取り組みのうちメタ観光にも利用可能な技術として5GやXRの活用事例が紹介された。これらの技術を活用するうえで重要となる前提は、ゲームのような「もう一つの世界」を仮想空間上につくることではなく、現実世界に基づきつつそれを拡張し、生活を豊かにするという考え方である。例えばARの活用にしても「どこでやっても同じ」にならないよう、そのロケーションを用いることの意味づけを図っていかなくてはならない。そのような考え方を具現化させたKDDIの取り組みとしては、まず2019年10月に札幌で開催されたイベント“No Maps”におけるVPS技術の実証実験が挙げられる。VPSとは映像や写真データをもとに空間の特徴を学習し、位置や角度を推定するシステムやサービスのことを指す。この実証実験では、現実の都市空間にかざされたスマートフォンの画面上に多言語化、パーソナライズ化された看板を表示させたり、空に遊泳する魚やクジラのイメージを表示させたりすることで、現実世界への情報・コンテンツの重畳を実現させた。
 また、2019年に渋谷で行われたデジタルアートのイベントMUTEK2019では、渋谷区との共同でアートを用いた都市回遊のプロジェクトに着手した。このプロジェクトでは、例えばスクランブル交差点など特定の場所でiPadをかざすとその場所ごとの映像や音楽コンテンツを楽しめる仕組みが用意されている。この取り組みの主眼は、特に人びとが普段は敢えて訪れないような場所の意味をコンテンツによって拡張し、その新しい価値を見出してもらえるようにすることにあった。
 最後に、日本科学未来館での取り組みを紹介する。KDDIではVPSを用いて日本科学未来館の3次元の地図情報をつくり、平均位置誤差約35センチ、平均角度誤差各1度未満の範囲で自分の立ち位置や方角を測定できるようにした。このほか、「展示会場の多層化」の取り組みでは、スマートグラスを用いることでタッチパネル等の操作が不要な非接触型の鑑賞体験を可能にした。この取り組みでは、1つの物理的スペースに複数のコンテンツを表示すること、コンテンツの情報を変化させることでその柔軟性を高めること、過去の取組を可視化したり来館しなくてもコンテンツを楽しめるようにしたりすることを目指し、デジタルでなければ出来ないような形でコンテンツ体験の拡張を図った。
 このように、私たちはARやVRの技術を、オンライン上の世界に限定するのではなく、オフラインの世界をより楽しむためのものとして発展させていくことを考えている。特にコロナ禍以降、技術を進歩させる前に考え方そのものを変える必要があることが喧伝されている。今までであれば絵空事で終わっていた技術の開発にも真剣に取り組む理由が出てきたのではないだろうか。

ディスカッション
 オープンデータ、デジタルアーカイブ、XRというように、事例報告は三名それぞれが各分野を掘り下げるものであったが、ディスカッションでは観光という接点を媒介にして、それらがいかにして相互作用するのかについて議論が深められた。なかでも、空間をいかに観光資源としてオープンデータ化するかは重要な論点となった。庄司氏によれば、近年は現地の人々やユーザーの撮った「写真」が観光用の商品やバーチャル背景などに使われる動きが盛んになっているという。水田氏がかつて関わった「東京1964」プロジェクトも、市民が撮った写真を活用して3次元的にかつての渋谷の駅前が再構成されたものであったという。ただし水田氏は、最近は写真や映像に加え「フォトグラメトリ—」と呼ばれる立体データとして対象をスキャンする考え方も現れてきており、データの種類やフォーマットも変わっていくことも指摘する。つまり田良島氏の説明にあったように、アーカイブという営み自体は昔から行われてきたものではあるが、今後はその行為自体の意味が捉え返されていくことにもなるかもしれないのだ。この点について、庄司氏は熱海で土砂災害が生じた際に3Dの空間データが解析された事例を紹介し、今後はこのような技術が防災だけではなくエンタメにも活用されていくだろうことを指摘した。
 また、メタ観光推進機構理事の伏谷博之氏からは、データ活用によって観光を拡張し、新しい体験を生み出すためのアイデアも提案された。伏谷氏は庄司氏が報告のなかで強調した「データのかけ合わせ」の重要性を踏まえ、例えば田良島氏が紹介した日本のアートに関するデジタルデータを保管・保存のみに留まらせることなく、水田氏が紹介したXRアートの技術と組み合わせることで、新しい観光体験をつくり出したり、作品コンテンツに対する新しい価値を付与したりする展開可能性にも言及した。このように、それぞれの技術の持つ可能性を組み合わせながらよりよい観光体験を目指していくことが、今後、より一層求められるだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?