21世紀企画書 著者 橘川幸夫インタビュー 聞き手・永江朗

想像してみよう。純粋にものを考えるだけで生きていける社会を。


21世紀企画書 著者
橘川幸夫インタビュー
聞き手・永江朗

晶文社 (2000/5/1)

インターネットがもたらす世界を、30年前に予言していた男がいた。渋谷陽一氏らと『ロッキング・オン』を立ち上げ、その後全面読者投稿誌『ポンプ』を創刊、「参加型メディア」というコンセプトを確立させた橘川幸夫氏だ。氏のほぼ10年ぶりの新刊『21世紀企画書』では、日本人のライフスタイルにマッチした「日本型インターネットの可能性」が提唱されているが、そこには参加型メディア一筋に生きてきた「メディア男」ならではの経験知が生きている。インターネットを「巨大な投稿雑誌」ととらえる橘川氏が語る、いま面白いメディアの条件。

■インターネットに新しい発見なんてなかった

――橘川さんが『ロッキング・オン』や『ポンプ』でやってきたことと、この本で展開されているインターネットでやることというのは、本質的に違いますか?

橘川 いってることは30年間変わってないんですよ。インターネットが出てきたからといって、新しく発見したことはない。ただ、わかりやすくなったことは確かだよね。

――なるほど。

橘川 インターネットは本格的に普及してまだ1年なんですよ。もちろんパソコン通信の時代から10年以上やっている人はいるけど、普通の人がインターネットでメールをやりとりするようになったのはここ1年。この本はインターネットが普及してから始めて出した本なんです。そこは意識しました。というのも、20年ぐらい前に本を出したとき、読者から200通ぐらい読者カードが送られてきた。ぼくは全員に返事を書いた。それにまた返事が来たのはたった1通だけ。「まさか著者から手紙が来るとは思っていませんでした」って書いてあった。基本的にぼくの本は手紙なんです。手紙というのは1対1のやりとりで始めて成立する。インターネットが普及したから、こんどは読んだ人も手紙を書きやすい環境になった。だから今回は、読んだらレスポンスがあるだろうと思って出しました(註・この本には橘川さんのメールアドレスとWebのURLが載っている)。まだ出たばかりだけど、読者からメールは来ているので、まずは成功ですね。

――この本のなかに21世紀最初の思想として、「公私混同」を主張されていますね。あれは画期的です。会社が社内の私信メールを禁止するのはけしからん、電子メールは本質的に公私混同なんだ、って。目からウロコが落ちました。あんなことをいった人は他にはいません。

橘川 いないでしょう、あんなくだらないことを(笑)。ダジャレみたいな論理ですから。

――哲学者の鷲田清一さんがいう、聴くことで癒されるっていうのを思い出しました。

橘川 そうなんですよ。人生相談って、話を聴いてもらうだけで、ほとんど解決しちゃう。ただ、それは聴いてあげる側にストレスが溜まるから、一方的にしゃべったり、一方的に聴くだけという関係はよくない。そういうんじゃなくて、誰が誰にいっているんだかわからないようなおしゃべりをしましょう。発言するとかなんとかじゃなくて、みんなでいい空間を作りましょうという空間デザインなんですよ。

――その空間のなかで起きてくるトラブルは、どうやって解決するんですか。

橘川 解決だなんて大それた話じゃなくて、信じましょうということなんだよね。それしかない。誰かが誰かを助けられるとか救えると思った瞬間に、それは違うものになってしまう。ぼくはそういうやりかたを極力抑えてきた。プレゼンテーションはするけれども、「××しろ」ということはいわない。「オレはこうするよ」というけど、「みんなもこうしろ」とはいわない。旧来型の学者とか評論家とかイデオローグは嫌いだし、そこから始まっているから。とにかく「自分はやるよ」というだけですね。ぼくは単純な大衆主義者なの。みんながいいというものはいい。みんなが好きなものは好き。ミーハー主義者です。『ロッキング・オン』をやっていたときも、ぼくは読者からの投稿を読んで、そのなかのいい部分を探す。「ここ面白いじゃん」って。文章の整合性やクオリティなんてどうでもいい。「この一言があるからいいじゃん」って。いいところしか見ない肯定的な人間です。そりゃあインターネットにだってネガティブな面はいっぱいありますよ。でも、そんなところ見たってね。

――それは精神的に楽かもしれないですね

橘川 楽っていうよりも、何が楽かわからないぐらいですから。

――それが究極の「楽」でしょう。

橘川 25年ぐらい前、「喜怒哀苦、これを称して楽という」と『ロッキング・オン』に書いたことがある。楽は喜びや悲しみとは違う次元にあって、苦しみも悲しみも、それもまた楽しみなんです。あのときそう思ったら、急に気持ちが楽になった。

■読者が漠然と思っていることを文字にするのがプロ

――60年代からの40年間を、それぞれ10年ずつにわけて、「起承転結」っていうのも笑っちゃいました。

橘川 わかりやすいでしょう? この本は結論ばっかり並べたんです。21世紀の大宅荘一を目指して(笑)、キーワードを並べたの。プロセスは抜き、情報は中抜き。それでわかんない人は、プロセスを説明してもわかんないんだから。

――「アルピニズムと産業革命」って、山登りに対する意識の変遷をたとえにして、社会意識の変化をかたったところも素晴らしかった。ぼくは一時期山登りに夢中でしたから、とてもよくわかりました。

橘川 読んだ人からの反応で多いのは、「自分で思っていたことと同じだ」というもの。だいたいぼくの本はそうなんですよ。これはあたりまえで、みんなと会話していて、そのとき話題になったことを本にしているから。文章を書く意味はそれしかないと思っている。読者が漠然と思っていることを、文字にしてあげる。だから読んだ人が「自分と同じだ」と思う。本を読む価値というのはそこにしかないんじゃないだろうか。読者が思っているけど、でも言葉にできなかったことを、きちんと言ってあげるのが本を書くプロだと思う。本というのは、書いた人と読んだ人が共有できる空間をどう作るかだと思う。ぼくは基本的に一人で何かをやるのが嫌いなんですよ。みんなでやるのはいいけど。何をやるかよりも、誰とやるかが大事だから。仕事でも、何をやるかは二の次で、まず誰とやるかを考える。

――リクルートは『じゃまーる』の紙版をやめてインターネット版だけに移行するそうです。マガジンハウスはWeb連動雑誌の『Muts』を創刊します。こういう動きはまさに橘川さんの『ポンプ』をトレースしている。『ポンプ』を続けていれば、いまごろ金持ちになったかもしれないのになんて思いませんか。

橘川 そんな面倒くさいことはいやだよ。やめたから次があるんだし。やることとやめることが、一人の人間に同時にないと。「続けていればな」なんて思わない。ひとつのことをやめて、それで新たに始められたことのほうが好きなんだ。ぼくは古いものはみんな捨てちゃう。そういう点は思い切りがいいですよ。31歳のときに『ロッキング・オン』と『ポンプ』を同時にやめた。そのとき本とレコードを全部集めて、若い友人たちにあげちゃった。だから70年代のレコードは1枚もないんだ。よく変なものを集めるんだけど、ある日、思い切り捨てちゃう。断食みたいなものだよね。

――それって気持ちいいですか?

橘川 それをやらないと次にいけない。引きずっちゃうから。ゼロからスタートするのが好きなんですよ。それは雑誌の創刊を何度もやってきたので。雑誌の創刊はゼロスタートだから。この快感は何ものにも代え難いですよね。

■純粋にものを考えるだけで生きていきたい

――橘川さんは何をして食べているんですか。

橘川 不思議だよね。昔、田口ランディが「本だけ書いて生きていきたい」ってぼくにいった。いま彼女はそれを実現したけど。そのときぼくは、「オレは純粋にものを考えるだけで生きていきたい」っていったんだ。本を書いたり商品を作ったりしないで、純粋にものを考えるだけで生きていきたい。そういう社会はできないかな。

――いま夢中になっていること、これからやりたいことは?

橘川 30年間変わりません、革命です(笑)。雑誌は作りたいよね。インターネットで雑誌がいちばん食われた。単行本は食われないけど、雑誌のものは置き換えられちゃう。そのへんがみんな崩壊した後で、また雑誌をやりたい。雑誌の情報部分を切り落とすと何が残るのか。それは面白いな、やりたいな。それと、いまはラジオをやりたいね。いまラジオはいちばん面白いメディアですよ。ネットでも雑誌でも、読者は想像力で参加するんだよね。ラジオは想像できるメディアなんだ。テレビみたいな巨大なマスメディアになると、受け手の側は想像できない。「うけたまわります」っていう姿勢になっちゃう。ラジオは声だから想像する範囲が大きいんだ。受け手の側が想像して補わないと、なんのことかわからない。音でリスナーを刺激して、何を想像してもらうか、それがメディアだよね。それはこの本とも共通している。

――最後に、まだ買ってない人にメッセージをどうぞ。

橘川 これは本という形式を使って書いた手紙なので、読んだら返事をください。6月2日、出版パーティを大阪のOAPの38階でやります。1000人収容の会場を大混乱におとしれます。参加費タダですので、どんどん来てください。詳細はぼくのWebに載っています。

橘川幸夫(きつかわゆきお)
1950年、東京生まれ。國學院大學文学部中退。新規メディア開発、マーケティング調査、企業コンサルティングなどを行う。1972年、音楽雑誌『ロッキング・オン』を創刊、1978年、全面投稿雑誌『ポンプ』を創刊。その他多くの雑誌創刊に関与する。マーケティング手法として、「気分定性調査法」を開発。現在は、(株)デジタルメディア研究所 代表、(株)マジックポイント 取締役、(株)コラボ 取締役、(株)レビュージャパン 取締役、その他に携わる。著書に『企画書』(宝島社)、『メディアが何をしたか?』(ロッキング・オン社)、『なぞのヘソ島』(アリス館、真崎守との共作絵本)、『一応族の反乱』『生意気の構造』(共に日本経済新聞社)など。

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