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社会実装ハウス論(3)21世紀の個性とは何か

1.すべての仕事は文化を担うこと

 仕事をする人は、すべて文化の担い手である。飲食店の店員は食文化の、タクシーの運転手は交通文化の、コンビニの店員は商業文化の、看護婦さんは医の文化の、それぞれ人類が長い間に蓄積した文化的遺産を継承し、未来につなげていこうとする行為である。ただ、現在の業務が存在しているのではない。それぞれの業務において人類総体の経験と知恵が堆積されている。そしてこれからは、各々の文化を支えるものとしてコンピュータ文化がベースになる。各々に発展してきた文化を支え、つなげる文化がコンピュータ文化である。

 今、私たちは二つの大きな変革期に来ている。それは、人類史的な観点から見ての大変革期と、近代日本という個別社会の文化においての大変革の時代の両面がある。私たちは、その両面をみながら進まなければならない。

 最初に変わるべきは教育環境である。古い時代構造を越えて、新しい時代を切り開くのは私たちではなく、私たちの子どもたちである。新しい時代に即した未来への環境と手法の開発が急務である。


2.1997年という転回点

 2018年の文科省統計によると、小学校の生徒数は6,448,658人、中学校の生徒数は3,333,334人であり、このうち長期欠席者は小学校72,518 人、中学校144,522人。病気による長期欠席も含まれるので、文科省が確認している不登校児童生徒数は,小学校35,032 人,中学校108,999 人,小・中の合計で144,031 人(前年度133,683 人)であり、毎年、増加している。

 学校に行かない子どもたちの増大は、個別にはさまざまな問題があるのだと思う。しかし、根底にあるのは、現代の学校が子どもたちにとって魅力的なものではなく、むしろ、そんなところで教育を受けたくない、という本質的な拒絶感があるのではないか。

▲この図は「小中学生の長期欠席者数をグラフ化してみる(最新)/ガベージニュース」より引用。

 不登校の生徒は1987年から急増している。87年は日本のバブルの最盛期であり、金利も高く、溢れ出た余裕資金が、さまざまな投資と浪費に使われた。社会は賑やかな繁栄に覆われたが、その反面、人の内面においては鬱屈した感情が蝕んでいった。今から考えると、あのバブルは、かつてのアヘン戦争のように、経済がアヘンのように使われたのかも知れない。お金のアヘンが社会そのものを蝕んだのだ。

 87年から10年たった1997年、欧米では20世紀を終了し新しい21世紀に向けての準備がはじまっていた。世界は新しい文明の登場を感じていたのだと思う。それはパソコン通信からはじまり、インターネットの環境が世界に広がっていく感覚である。未来を生きる子どもたちが、その流れを察知し、現在の学校が「非インターネット環境」であると感じてもおかしくない。インターネットは相互コミュニケーションの空間であり、学校は、ピラミッド型の旧来組織の構造のままであり、またそうしたピラミッド社会で生きていくための人材を育成するところである。

 現在の世界的企業であるGAFAや中国・韓国の国際企業はインターネット文明の中で、大きな発展をしたが、日本の企業は、世界の潮流に追いついていくことは出来ず、むしろ80年から90年代前半の日本のバブル景気の後始末に汲々として、未来への投資を怠ってしまい、その後、失われた20年といわれる、世界経済の発展の時代に、日本だけ景気後退の流れを作った。

 1997年という年が、日本にとっては分水嶺になると思う。世界は経済発展をしたが、日本だけが先進国の中では取り残されている。

 1997年、バブルに浮かれた有名企業も続々と破綻した。

4月25日 - 日産生命保険が債務超過により大蔵省から業務停止命令を受け破綻。戦後初の保険会社の破綻となった。
9月18日 - 小売業のヤオハンが倒産、会社更生法を申請する。
10月14日 - 京都共栄銀行が経営破綻。
11月17日 - 北海道拓殖銀行破綻。都市銀行の倒産は戦後初。
11月3日 - 三洋証券破綻。証券会社の倒産は戦後初。(wiki
より)

 また1997年は、日本において、さまざまな事件が勃発した。社会的な事件では「2月19日 - 神戸連続児童殺傷事件(通称・酒鬼薔薇事件)」「3月19日 - 渋谷・円山町のアパートで女性東京電力東電職員の遺体が発見される(東電OL殺人事件)」が連続して起き、学校や企業の中から、これまでとは異質な人たちが現れて、私たちの社会構造そのものの崩壊の危機を感じはじめた時代である。

 老人よりも未来を生きる子どもたちの方が、未来に対しては当事者であり、当事者意識が高い。彼らが失った信頼感は、もしかしたら、学校そのものではなく、学校に代表される、大人たちへの生き方に対するものなのかも知れない。彼らの生理的反応を注意深く見ながら、新しい生育環境を用意していかなければならない。教育から生育への道がある。


3.21世紀型スキル

 20世紀近代は、組織と組織の戦いの時代であった。企業も宗教も文化もメディアも国家も、弱い組織を攻撃して吸収し、巨大化し、強固にしていくことに人類は情熱をかけた。しかし、インターネットが実現する新しい世界秩序は、近代の方法論とは真逆の、単一の巨大組織という価値観で統一するのではなく、多様な個人やコミュニティの個別性を尊重しながら、ファンクショナルな関係性を保証する。

 そういう大きな流れはとっくに見えていたはずである。しかし、日本の政治や企業は、バブル以後、企業間の合併吸収を促進し、「集中と選択」という悪魔の戯言を信じてしまった。あの時代のスローガンはそうではなく「分散となりゆき」なのではなかったのか。その結果、日本の基幹産業であった家電メーカーのいつくかは巨大になって、選択したが、破綻して外国に売られた。巨大化した日本の大企業は機動性と多様性を失い、その利益を経営者や社員以外のものに合法的に吸われ続けている。

 21世紀型スキルとは、「集中と選択」を標榜していたアメリカ自身の中から生まれてきた新しい人類の方法論への模索である。友人の説を借りれば、近代の戦争は軍隊の巨大化とシステム化を推進することであり、その組織はピラミッド型の上意下達方式である。しかし、アメリカで911の事件が起こり、テロとの戦いを行う上で、上意下達方式では、戦うことが出来ない。正規軍同士の戦いであれば、強固な組織論で進撃すればよかったが、テロとの戦いにおいては、不意に攻撃された現場が指揮権を持ち全体を動かしていかなければならない。そのためには、上から命令に忠実な人材だけではなく、自分の判断力で行動を決定する人材が必要になってきたのだ。

 まさに、単一の巨大組織が戦う20世紀型の組織論ではなく、インターネットのような人類の新しい環境の中で、力を発揮できる、新しい人材育成の考え方である。

4.21世紀の個人とは何か

 さて、「これからの社会は組織の時代ではなく、個人の時代だ」とは、よく聞かれるスローガンであろう。この場合の「個人」とは何か。それは組織に頼らなくても、生きていける人のことか。自らの素質と方法で、しっかりと自立した人のことか。

 それは違う。その「個人」とは、あくまで組織や因習に支配されていた近代の中で発生した、近代的自我としての個人でしかない。組織や社会と対峙し、独立した価値観を持つ人間か。そうではない、それは、旧来の価値観の中での個人でしかない。

 最初に書いたように、私たちの仕事は人類の文化の延長線上にある。その文化をより発展させるために、近代文明は、さまざまな模索をした。機械による生産・流通の効率化があり、組織マネージメントによる組織の効率化でがあった。その果てに、私たちはコンピュータ文化を獲得し、近代を超える新しい文明社会に突入しようとしいる。

 そこでの「個人」は、組織と対立する個人ではない。近代的組織が自滅していく過程の中で、組織が担っていた役割を、自らの内部に包み込んでいく「個人」である。すなわち個人という個別能力や意志を持ちながら、社会や人類全体の課題を内包した人類が登場するのである。私人でありながら公の視点を持ちうる人間である。

 ソーシャル個人とでも言えばよいのか。単なるワガママや自己主張の強い人間が個人ではない。近代の中で生まれた子どもっぽい近代的自我が、成熟してそれぞれの内部に宿りつつあるのだと思う。

 政治権力や社会構造が変わっても、そこに存在する人間が旧来のままであれば、世界は何も変わらない。すでに内部に宿りつつあるものを信じるならば、あとは、それぞれの人が、生活の現場で、古い秩序の生産と、新しい構造への展望を模索すればよい。今の自分の仕事が未来に向かってのものなのか、過去の体制を温存延長させるものか、それぞれが検証してみることが大切だ。すべての仕事は、人類の文化につながっていくものなのであるから。

▼この論考は、現在、模索中の新しい教育(生育)ソリューションである社会実装ハウスに向けてのものである。連続論考としてまとめていきますので、流れの中で読んでいただけると嬉しいです。


社会実装ハウス論(1)教育とビジネス

社会実装ハウス論(2)地域

追伸
自らの個人的行動と公的な活動をすこしでもつなげていこうと、久米信行くんと「日本民間公務員協会」を作った。まだ二人だけ(笑)。公務員が、公の仕事をきちんとしてくれないなら、民間人の僕らでトライしようと目論んでいる。合流希望者は、どうぞ。

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