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学校の終わりへ


新刊のためのメモ。


 世界は交通と通信の発達により、地域単位の文化の交流がはじまり、地球コミュニケーションの時代になっていった。島国の日本にも、中国や朝鮮の技術が伝わり、やがて、南の方から、さつまいもや鉄砲が伝来されてくる。

 明治になり、日本近代の開始とともに、西欧の技術や思想をスピーディに吸収するために、大学を作った。国はエリート人材育成のために帝国大学を作り、民間では開国の時代に、志ある人が建学の精神という旗を立て、私学教育をはじめた。そうして、日本近代は新しい道を歩みはじめた。

 戦後社会は、敗戦により焦土になった国の復興が最大のテーマだった。そのために産業の立て直しと、企業の生産力拡大が急務であった。戦後多く出来た新設の大学や専門学校には、「エリート養成」の意図も、社会全体に訴える「建学の精神」の迫力もなかった。ただ、企業組織人へ、人材を送り込むために作られた社会的装置だからである。「いい大学に入れば、いい会社に入れる」というのは実態だった。

 戦後の復興が終わり、「豊かな社会」が見え始めた1960年代の後半に、大学解体を叫ぶ学生運動が起きたのも、単なる若気の至りでも、思想かぶれでもなく、明治と戦後に作られた大学の目的や手段が終わりに近づいていることを、体感として、普通の学生たちも気がついたからである。

 しかし、そんな感情的な感性だけの運動が長続きするわけがない。「豊かな社会」の力と方法論は、そうした学生たちの挫折感を飲み込み、更にバブルに向かって拡大していった。70年代以降に、政府官僚や大企業の役員として活躍した人の中心にいたのは、60年代後半の学生運動のリーダーだった人たちである。

 そして、バブルが崩壊し、当時の学生は定年に迎え、不思議な静寂感が世の中に漂っている。1968年の感覚が何一つ解決されていないのに、もう日本は「豊かな社会」の方法論から外されているのに。

 1970年から、現在まで、大学は本当に人を育てたのか。大学という環境でしか出来ない教育を行ってきたのか。自分も大学で教える立場であるが、今のままの大学を、いくら改造しても、明治以来の大学の設立コンセプトを根本的に見直さない限り、次の時代は見えてこないと思う。

 教育の現場は、常に次の時代の人材を育てる場所でなければならない。今の社会や会社に有効な人材を育てる場所では決してない。未来、それは、どこにあるのだ。

 都心の大学を見ると、どこも超高層の校舎が建設されている。東京でも関西でも、有名大学は周辺の土地を買い漁っている。少子化の時代だというのに、教室を増やしてどうするのだ。

 大学はかつては教授会の力が強かった。しかし、1970年以後、教授会の力は衰退し、理事会が権力を握るようになったのだと思う。大企業の現場の商品開発より、会計や株主の力が強くなったように、大学も企業経営の発想で運営されるようになった。バブル以後は、とくに顕著で、コンサルたちの言い分は「入を多く、出を少なく」である。授業料は高騰し、常勤より非常勤講師の比率を増やし、校舎は資産になるから拡張し、人件費は抑えていく。

 大学の商品価値は、教育そのものであるはずなのに、そこへの資金投入は行わず、みてくれの施設ばかり美しくなっていく。大学のコストのかかった入学案内を見ると、おしゃれなキャンパスライフをデザインしたものが多く、肝心の商品である教育の内容は、よく分からないものが多い。

 そして、インターネットが登場した。インターネットは近代に成立した、さまざまな業界やメディアの土台を崩壊させた。そして、情報が欠乏していた時代に、その吸収機関として誕生した大学が、インターネット状況によって、根本的な危機にさらされているのだ。今は、まだ、鈍感な無自覚さで保たれている教育秩序は、やがて、一気に崩壊に向かうだろう。崩壊しなければ、日本は時代の潮流からはずれたところで窒息する。

 すでに、日本各地で、さまざまな模索がはじまっている。世界各地で、新しい教育システムの模索がはじまっている。近代の次の時代の幕開けがはじまっているのだ。大学なきあとの、日本の教育を、本書では考えていきたい。

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