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一向に交わらない虚しさ

地下鉄に乗っていたときのこと。

「クソゴキブリが!」と叫んでいるおじさんと遭遇した。
そのおじさん、相当ゴキブリが憎いのか、憎い人間がいるのか知らないけれど、「クソゴキブリが!」と15分くらい言い続けてた。あんなに連続してGの名前を連呼してる人を見たのってはじめて。
あまりにもGを罵るものだから、嫌でもGの姿が思い浮かぶ。予測できない忌々しい動き。ようやく捕えたと思ったら底知れない生命力の強さを見せつけ命乞いしてくる姿。そして、こちらを震え上がらせる繁殖率の高さ。思わずおじさんの気持ちに寄り添いそうになったとき、男子高校生の集団が同じ車両に乗ってきた。
咄嗟にこの組み合わせはまずいと思う。しかし男子たちは、おじさんの前で足を止め談笑している。なんとかしなければ。勝手におろおろしてしまう。どうにかしてあの集団を移動させたい。問題はその方法だ。直接話かけでもしたら私がクソババアが!呼ばわりされかねない。公衆の面前でそれは避けたい。そこまでハートは強くない。最近情緒が変だから泣いてしまうかも知れない。それはもっと避けたい。そんな実行に移すつもりがないことを無駄に考えていると、おじさんが口を開いた。「クソゴキブリが!」
ああ。
男子たちは顔を見合わせると、騒めき、笑い出した。
ああ。
あの瞬間、絶望を感じたのは私だけではないはずだ。
若いってなんであんなにも怖いもの知らずなんでしょうか。もうなんでだったのかさえ思い出せない。怒ってる人を逆撫でするような、笑いを堂々と。
でもおじさんは構うことなく言い続けた。
男子たちも構うことなく笑い続けた。
喧嘩勃発よりマシなんだけれど。
一向に交わらない双方。そして傍観している私も含め、それぞれが決して交わることのない自分だけの世界で生きているような気がして、ちょっとだけ虚しくなった。おじさんが先に下車して車内の空気は一変。
そんな週末の出来事だった。

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