小説

拝啓、愛しい人。どうしていますか

その書き出しから始まる手紙を自分は
もう1ヶ月くらいだろうか、1日に1枚。
その記録を止めることなく書いている。
ポストに投函することもなく。
誰かに手渡しする訳でもない。
ただひたすら、いつの間にか傍から
居なくなっていた顔の思い出せない彼に宛てた手紙を手の動くまま。
日記のように書いている。
彼は歌やギターが上手く新聞配達の仕事をしていた。
そこまで鮮明に覚えているのに
なぜ顔が思い出せないのか。
2人で歩き回った街並みをまた
今度は1人で歩けばいいだろうか。
この1ヶ月間、仕事の他に外に出る事はなく、家から駅と仕事場をただ
往復するだけだったのでいい機会だ。
色々と考えながら花屋、カフェ、ゲームセンター、海。
全ての思い出の地に行ってみた。
思い出せない。
落胆しながら歩いて帰ろうとした時、
ふと、彼を知ったきっかけである友人に聞けば、顔も思い出せるのかもしれない。そう思った。メールを開き『突然だが彼の写真を持っていないか』そう聞く。
すると友人は「あれだけ要らないと言っていたのに恋しくなったのか」なんて。
そんなこと言った覚えはないが、今はとりあえず送ってもらうことにした。
ついに思い出せるとワクワクしていた
気持ちはへし折られとても黒い負の感情が身体を覆った。あぁこんな事なら。
自分も死んでおけばよかっただろうか。
彼は自分の恋人。デートを楽しみ幸せな気分で家に帰ろうとした時だった。
『また明日』彼が言う。
そのまま見えなくなるまで見送っていた時。
歩道と駅を繋ぐ横断歩道を渡る彼を大きな鉄の塊が轢いた。
事故で彼は死んだ。

そんな思い出が今でも心臓を刺すのだ。

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