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扶桑国マレビト伝 ㉑

 その後、諸見沢くんは屋敷に現れなかった。庭師の仕事をさぼったと指摘されたのか、他に仕事があって忙しいのか。

ときどき北側の書庫、蔵の周りをうろついたけど、諸見沢くんはいなかった。

正体がばれて屋敷を追い出されたのかもしれない。誰かに彼の動向を聞きたかったけど、変に勘繰られる危険があるからそれはやめておいた。

 スケッチブックを片手にあたしはイングリッシュガーデンを歩いていた。

「麻央、書庫に入ったお前を追って、庭師が入っていくのを見たと下女が言っていたよ」

振り返ると岩麻呂さんがラベンダーの茂みを避けてゆっくりと歩いてくるところだった。冷ややかな目の色に、イヤな予感がした。

「見間違いです。知りません」

「へえ? 書庫なんかに入ったこともない? 屋敷の北にあるあの蔵のことさ。男をあんなところに誘い込むとは恐れ入ったよ。どう? これからぼくと二人きりで蔵に入らない?」

「お断りします」

あたしは背を向けた。そのまま走り去ろうとしたけど、伸びてきた腕に両肩をつかまれた。次の瞬間には、くるりと向きを変えさせられて菩提樹の幹に体を押し付けられていた。

「若い男だったらしいね、その庭師は。二人きりで一体、何をしていたのかな? 同じことをぼくとしない?」

「からかわないでください。本当に知りませんから」

岩麻呂さんをにらみつけた。それが気に入らなかったらしく、少し威嚇的な口ぶりになった。

「伯父上は実の娘だって離れに監禁するような冷血漢だ。養女として受け入れられたといっても君は不安定な立場なんだぜ、麻央。ぼくの言うことを何でも聞いておいた方がいいよ。少しでもいまのままでいたければ」

「どういうことですか」

「ぼくの一言で君はこの屋敷をいつ放り出されてもおかしくないってことだよ。せっかく華族令嬢という立場を手に入れても、それは門条男爵家の体面を汚さないためだから。運がいいと言えばそうだが、君なんかすぐお払い箱にできるってことさ」

 あたしは岩麻呂さんの手をぱちんと叩いた。菩提樹の木陰からラベンダーの茂みへ足を踏み入れる。岩麻呂さんがついてきた。歌うような口ぶりが背中にぶつかる。

「乱暴だな。さすが蝦夷地の土人出身だ。しかもマモリガミがいない出来損ない。絵がものすごくうまいから涼加さんの身代わりにしようって魂胆なのさ、伯父上は。ああ、涼加さんも出来損ないだった。忘れていたよ。似ているね、君たちは」

 あたしは振り返って岩麻呂さんを見上げた。

「涼加先生を悪く言わないでください」

 岩麻呂さんがピュウと口笛を吹く。薄笑いをこめて。

「と言っても君はすごい美人だ。ぜひ身近に置いておきたいね。義理の妹なんかじゃなく、妾として」

「ばかなこと言わないでください。あなたには里美さんというフィアンセが」手首を取られ、あたしは身をよじった。蹴飛ばしてやろうかと思ったけど、それは思いとどまった。「里美さんは岩麻呂さんを慕っているってはっきり言っていましたよ」

「そりゃ里美はぼくを慕っているだろうさ。藤ノ原という家柄を鼻にかけた高慢ちきの浪費家が、門条男爵家の跡取りを逃すわけがない」

 ついにあたしは岩麻呂さんの頬を平手打ちした。パチンと音が響くのと、つる薔薇のパーゴラの向こうから「麻央さま」と呼ぶ村井さんの声が重なった。

 薔薇の花が咲き乱れている。パーゴラの影から進み出た村井さんが日差しを避けるように片手をメガネの上にあげていた。表情をくもらせているのは、あたしにではなく岩麻呂さんに対してだ。

「麻央さま、すぐ自室へお戻りください。今後の予定をお知らせします」

 事務的な口ぶりだったけど、岩麻呂さんからかばうようにあたしの背中に手を回した。そのままあたしたちはそそくさと屋敷へと足を急がせた。


文麿男爵の命を受けた村井さんがその日のための新調したあたしのドレスは「小袖夜会服」というらしい。

ごく淡いラベンダー色の絹の布地全体に手毬や蝶が染められて、ところどころ金の糸で花が刺繍されていた。すそ周りには御所車がある和風の生地だ。その生地をふんだんに使い、裾の後ろの方を引きずるようなドレスに仕立てられていた。

胸元には白いフリルが入った別布の切り替えで飾ってあり、腰にはふっくらとしたヒダが入っているシルエットだ。ベルトがあるからそこに小刀を差せばいいけれど……。

「ポケットはないの?」

 美根子さんという三毛猫をマモリガミにしている人に着付けを手伝ってもらいながら、あたしは不安になった。

「ポケットなどありませんよ」

金色のチョークをどうやって隠し持てばいいんだろう。

焦ったあたしに美根子さんが笑いかけながら、ドレスと同じ布で作られた小さなハンドバックを差し出した。

「麻央さま、ハンカチや小物はこちらへ入れて持ち歩けばいいのですよ。ネックレスは紫水晶と金剛石のチョーカーをなさいませ」

 ベルベットの布が張られた箱に装身具が入っていた。紫水晶と金剛石の切子細工の石が輝いていた。首の後ろで留め金を止めてもらい、姿見に移した自分をながめる。そこへ村井ゆず子さんが入って来た。

「やはりこのアクセサリィでよろしかったですね。瞳の色と同じで、とてもお似合いですわ」

「はい、初々しくていらっしゃいます」

 美根子さんが笑顔で褒めてくれる。あたしは頬が上気した。

 すそを引いて離れからリビングへと入ると、すでに支度をすませた門条文麿男爵がいた。岩麻呂さんも。

どちらもこの日のために新しく仕立てたタキシードに蝶ネクタイの正装だ。文麿男爵がまとっている衣装は深い光沢がある漆黒。マモリガミの銀ぎつねと同じ色のネクタイをつけている。岩麻呂さんタキシードは濃紺でネクタイも同じ色だ。肩に乗るカナリアの黄色が目に鮮やかだった。

バックに二本の黄金のチョークを滑りこませたとき、「馬車の用意ができました」という九十九さんの声がかかった。

玄関を出ると、やっぱり正装した九十九さんが二頭立て馬車のそばにいた。

きちんとプレスされた黒いスラックスに白い手袋をはめていた。首には相変わらず灰色ヘビが巻き付いていたけど、ヘビもまたよそ行きの顔をしている。

馬車のボックス席には文麿男爵の隣に岩麻呂さんが収まり、その向かいにはあたしと九十九さんが座った。

馬車が動き出すと文麿男爵がひざの上で体を丸めている銀ぎつねをなでながら言った。

「麻央のお披露目として鹿鳴館を借り切った。内輪の舞踏会とはいえ政財界の大物が顔をそろえる。政界を失脚したわしだが、みな門条財閥のふところ具合に依存している連中だ」

「ええ、井上卿も藤ノ原子爵も、伯父上には頭が上がりませんよ」

ちょっとおもねるような口ぶりで岩麻呂さんが唇をなめる。

あの平手打ちがあってから一度もあたしと目を合わせない。そのせいで謝る機会がなかった。でも、あの場合こっちが謝らなきゃいけないことなの?

「……あの、男爵」思い切ってあたしは胸に手を当てた。「あたしが着ているドレスですが……こんなにすごいドレスでなくてもよかったんじゃありませんか?」

「わたくし、とおっしゃいなさい」ぴしゃりと口を入れたのは九十九さんだった。「そのドレスは麻央さまが令嬢である証なのです。ハウスキーパーの村井が百貨店に発注して作らせたのですぞ」

「その村井さんは、ご一緒できないなんて」

「村井は屋敷では執事に次ぐ重職についているのです。男爵不在中はこの九十九が。このわたしも屋敷にいない間は村井が全てを取り仕切らねばならぬのです」

 わかってはいたけど、ちょっと心細い。屋敷内でたった一人の味方なのに。あたしは肩をすぼめた。

「贅をつくして身を飾れば、周囲は自然と頭を下げる。麻央、鹿鳴館では粗相なきように」

文麿男爵の言葉であたしは顔をあげた。そのとき岩麻呂さんと目が合った。窓枠に肘をついてこっちを見ていたんだ。でもすぐに顔をそむけられてしまった。

 やがて馬車が止まった。

 降りてみると、重々しい黒い鋲のついた木製の門があった。扶桑国維新以前の大名屋敷の門をそのまま移築したらしく、大きく開いた門の左右に屋根をつけた番人小屋が設けてある。

 瓦屋根があるその門をくぐりぬけると、広い庭園に白い小道が奥へと続いていた。庭園にはヤシの木と石灯篭、形のいい松が植えてあって、ちょっとちぐはぐな異国情緒を感じさせる。

小道の白い砂利を踏んであたしたちは連れ立って歩いていき、白い支柱でひさしを支えた二階建ての西洋風建物の前まで出た。

これが鹿鳴館だった。

見上げるとバルコニーの窓は上が丸く形作られている。白い円柱とあいまって、なんだか中東風の雰囲気だ。

「門条文麿男爵とそのご一族がご到着です」

 えんび服に白い手袋をはめた男の人が、肩に乗せたオウムと一緒に声をあげる。それが合図だったかのように、すそをひるがえして赤い総レースのドレスをまとった里美さんが現れた。

「ごきげんよう、男爵さま、岩麻呂さま。ご養女お披露目の舞踏会に招いてくださって、ありがとうございます」

「こちらこそ、来ていただいて光栄です」

 あたしがお辞儀すると、一瞬だけ里美さんの瞳の奥にきつい光りが宿った。蔑みはすぐに消え、再び笑みを唇にともらせる。隣にいる文麿男爵が鷹揚にうなずいた。

「うむ、ご令嬢も一段とお美しいですな。我が舞踏会に大輪の花が二輪とは嬉しいかぎりじゃ。これからも麻央をよろしくたのみますぞ」

「ええ」

髪に飾ったザリガニに手をやって、里美さんが視線をあたしに投げる。声に出さずに深紅のルージュで彩った唇を動かした。あたしにだけ分かるように素早く。唇の動きを読む技術なんか知らないけど、瞳のとげとげしさのせいで、それが悪口だと察せられた。

里美さんはすぐにこぼれんばかりの笑みに表情を切り替える。無理に笑ったせいで目元にしわがよっていた。

「もちろんですわ。麻央さん……でしたわね。正式に岩麻呂さんと結婚したら、わたくしたちいい姉妹になれそうですわね」

「……さあ、それは」

 曖昧な相づちを打つあたしから、里美さんは視線を逸らした。

ドレスと同じ赤い総レース生地で仕立てた手袋で包まれた片手をサッとあげた。手の甲に接吻を求めるようなしぐさは、あたしの隣にいる岩麻呂さんに向けられたものだった。

「ねえ、わたくしをエスコートしてくださるでしょうね。フィアンセなら当然」

 岩麻呂さんは吐息をついた。場違いなほど大きな吐息だった。それから曲げた肘を里美さんに向ける。そこに里美さんの手が巻き付いた。二人は身を寄せ合った。うん、とてもお似合いだ。

「伯父上、ではお先に」

 赤い総レースのドレスを紺色のタキシードにからませ、二人があたしを置いていく。一度振り返り、里美さんが鼻を上にあげた。きらりと白く光る目、口元のせせら笑い。男の人の腕に我が身を押し付ける様子で、里美さんの独占欲が察せられた。

「やれやれ、あのご令嬢にはいつも振り回されますな」

 後で控えていた九十九さんが文麿男爵にささやいている。

「今宵の岩麻呂さまは麻央さまのエスコート役のはずでしたのに」

「なに、あの娘とて門条男爵家へ嫁入れば、わしの支配下で大人しくなるであろう。借財の多い藤ノ原子爵家が起死回生のための婚姻じゃ。同じ公家華族として救ってやらねばならんからな」

「舞踏会の主役である麻央さまがエスコートなしというわけには参りません」

「九十九、わしでは役不足じゃと申すか」

困惑して立ち尽くすあたしの手をとって、文麿男爵は自分のひじをつかませた。

「あの、男爵……」

「お養父(とう)さまと申せ」

あたし、一人で歩けます。そう言いたかったけど、がまんした。

「おとうさま……」

 ほんの一呼吸のあいだ、文麿男爵はあたしの顔を見つめていた。目元が和らいでいた。

「ふ……。わしも歳をとったわい。いまさらになって、娘からそう呼ばれることが幸せであったと気づくとはな……」

 自嘲の表情だったけど、文麿男爵は涼加先生の面影をあたしに重ねていたに違いない。

 この人は想像している以上に孤独なのではないか……と直感した。

 過去に政界を失脚したとはいえ、事業は成功している。爵位、豊かな人脈、祖先から受け継いだ一族の誇り……。そういったさまざまなことで自分を慰め、決して弱みを見せまいとする姿勢が、初対面のときの傲岸な態度を装わせたのかもしれない。

 本当は、涼加先生の死を純粋に悼んでいたのに、誰にも心の内を悟らせまいとわざと冷たい言動をとっていたんじゃないだろうか。

 いつか、文麿男爵に確かめてみよう。

そのまま広い玄関までの階段を上がった。ドアは大きく開いていた。

「フロアの都合がありまして、体長が三十センチ以上のマモリガミは別室にておあずかりしております」
 紺色のドレスを身にまとって白いメイドの帽子を頭に乗せた女の人が、文麿男爵に声をかけた。

「わしの銀ぎつねは舞踏会を見物できぬのか」
「はい、鹿鳴館を使用するにあたり、異国のお客さまがいる場合は扶桑国民が持つマモリガミを野蛮と見なされてはならぬための規則がありまして……」
「む。そうであったな」
「男爵の徳を慕い、今宵は多くの異国の方々がいらっしゃいます。どうぞご理解ください」

「残念じゃな」文麿男爵は銀ぎつねの頭をなでた。「ゆっくりしておいで」

「こちらです。ご案内いたします」

 メイド帽の女の人は銀ぎつねにうやうやしく声をかけ、廊下の向こうへ行ってしまった。

「ではわたしは雇い人たちへの指図がありますので下がらせていただきます」

「うむ。用があったら呼ぶ」

 一礼し、九十九さんも去って行く。

 文麿男爵に伴われて進むと、やがてダンスフロアの扉が開いた。

 銀のトレイに飲み物や小さなカナッペをのせて、髪の毛をきちんと後ろになでつけた男の人たちが忙しく人々の間を歩いていた。フロアには髪にティアラを飾ったドレス姿の女の人たちや、えんび服あるいは軍服にきらきらした金属製品や房飾りをくっつけた男の人たちでいっぱいだった。

 人の背中や肩の動きの合間に見て取れた横顔に、あたしはドキンとした。

「どうした、麻央」

 かたわらで文麿男爵がけげんそうな声をかける。あたしは人ごみに視線をさまよわせ、曖昧に「いえ、別に」とほほ笑んでみせた。

 声をかけるいとまもなかった。諸見沢くんだ。見間違えじゃない。グラスをのせた銀のトレイを運んでいたのは諸見沢くんだ。ほんの一瞬、目が合ったのに……。

 玄関先にいる受け付けの人が来客のたびに「鍋島侯爵夫妻のご到着です」とか「外務大臣井上侯爵……」とか声をあげている。そして

「マモリガミたちは隣室におあずかりいたします」

「侯爵のアナグマに失礼のないように」

「伯爵夫人がマモリガミにしている白テンの毛並みのなんと美しいこと」

 といった声も背後から聞こえてきた。

「あら、門条さま」

腰のふくらんだドレスのすそをさばいて、わざわざ挨拶しに近づいてくる女の人もいれば、壁際からそっと品定めするような視線を投げて来る人もいれば、羽毛の扇を口元にあてて何かをささやいている人もいた。

「そちらが養女の麻央さまですのね。お美しい瞳ですこと」

「たっぷりとした見事な御髪(おぐし)ですわね」

 といった声をかけられるたび、あたしはかしこまってひたすらおじぎして、くりかえした。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 異国の男女もいた。さすがに洋装が板についていて、背が高い。赤茶色の髪は波打っていて目は明るい青色だ。そばにいる淑女は陶磁器みたいに繊細な顔立ちをしている。でも表情にはあいまいな笑みを浮かべていた。扶桑国の人々が洋装しているさまに眉をひそめ、ひそひそと何か言い交している。

 もう一度諸見沢くんを見つけよう。姿を確かめたくて、胸が痛むほどだった。あのあと岩麻呂さんにひどいことを言われ、体を押し付けられたことで、あたしは自分が思っている以上に傷ついているらしかった。

左右を見回したとき、背中を誰かにぶつけてしまった。

「おや、失礼」

 異国の言葉に目を上げると、シャンパングラスを手にした青い目の紳士がいた。すかさず文麿男爵が片手を差しだした。二人は握手を交わす。

「こらちはオールト商会の社長、ウィリアム・オールトどのじゃ。これは我が養女の麻央」

「はじめまして」あたしもオールトさんと握手した。「ぶつかってしまってごめんなさい」

 涼加先生の教えと門条男爵家での特訓で、カタコトながら異国の言葉をしゃべれる。

 紳士は気さくな調子で笑いかけた。

「美しいご令嬢ですな。世界各国を歩きましたが、あなたほどお美しい方はおりません」

「お世辞でもうれしいです。ありがとうございます」

「一曲お相手をお願いします」

「まだ下手なんですよ、ダンス」

尻込みすると、文麿男爵があたしのバッグを横からサッと手に取った。

「おゆきなさい、麻央」

「……はい、どうぞおてやわらかに……」

左腕を差し出され、あたしはオールトさんのひじに手をからめた。

バックが気になって、中の金色のチョークが気になって、ちらちらと文麿男爵を振り返りながらフロアに進み出た。

文麿男爵はもう別の人から話しかけられ、シャンパングラスやカナッペが輝いているテーブルへと去って行く。

男女が組になって向かい合い、ステップを踏んだ。ターンするとフロアに色とりどりのドレスのすそが広がる。

手を取り合い背中に手を回して旋回するたび、隣で組になって踊っている人たちが視線をこちらに投げていた。異国の男性と踊っているから目を引くのだろうと思っていたけど、男の人はあたしを注視しているみたいだった。自分のパートナーがよそ見するのを、女の人がきついしぐさでたしなめたり、さり気なく扇をつかって視界をさえぎったりしている。

ワルツに集中していても、周囲のささやき声は耳に入っていた。壁際の紳士たち、ソファでカクテルを楽しんでいる軍服の人たちの声が。

「……ふむ、混血は奨励せんというわけですか。いや最近、扶桑国の馬が小さいから、欧州の馬と掛け合わせて大きな馬体を持つよう改良されておる。同じ理屈で赤子がマモリガミを持たぬようにするには、異国の者と混血するのが手っ取り早い」

「たとえば、あそこにいる門条麻央どののように?」

「さよう。あの令嬢はマモリガミを持たぬ。つまり異国人の血が入ればマモリガミを持たず、影鬼にもならぬというわけじゃ」

「ふふ、十六年前に汚辱にまみれた門条文麿男爵だが、さすがに逆転の一手をご用意したというわけか。あの娘を養女にし、もっとも高い身分の家に嫁がせる手駒にすれば政界への復帰も果たされましょう」

「では我々も子息に異国から貴族令嬢を求めるといたしましょうか。それで孫、曾孫の世代はマモリガミを持たずにすむ。西洋から野蛮と蔑まれぬためにも」

「では扶桑国の女はどういたす。一生涯夫を持たず、子も産まずに? ばかな。我が国の統治者は女帝。いかに議会が華族男子に諸外国の女性をめとるよう奨励しても、女帝はそれを承認なさるまい。なにより、資源のない我が国に外国の貴族令嬢が嫁してくるとも思えぬ」

「幸いなことに影鬼が生まれるのは身分低く炭坑や工場がある遠い田舎の村。影鬼については捕獲令を厳しく守らせ、一刻も早くあの異形どもを労働者や軍兵として使う道をさぐるべきです」

「さよう、そのためにはマレビトを新政府で管理すべき……マレビトこそマモリガミと影鬼発生の原因でありますからな」

 会話は切れ切れだったけど、そういう内容が踊っているあたしの耳にすべりこんでくる。

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