【現代表記】福沢諭吉「西洋事情」(アメリカ合衆国 政治)

底本には小泉信三監修『福澤諭吉全集』第一巻(再版)所収の「西洋事情󠄁」を使用した。


西洋事情 巻之二

福沢諭吉 纂輯

亜米利加合衆国


政治

 千七百八十七年議定したる合衆国の政治は、国民集会して国政を議するの趣意にて、国法を議定するの権は議事院にあり。議事院を上下二区に分ち、上院の議事官は各州の評議官にて、撰挙して一州より二人宛を出し、其人数六十二名、在職六年を限とす。此人数の内三分一を二年毎に交代せしめ、六年にして総人数一新するの割合なり。之を撰挙するに定律あり。年三十歳に満たざる者及び合衆国の戸籍に入て九年を経ざる者は此撰挙に当たる可らず。上院の議事官は人物を撰挙して官に命じ、外国と条約を結ぶとき其事を議論し、諸有司の過失を論じて之を廃黜はいちゅつするの権あり。

下院の議事官は各州一般に人民の撰挙するものにて、其人数二百三十三名、在職二年を限とす。之を挙るの法、十年毎に合衆国内の人口を計え、其総数を二百三十三に分て之より一人宛を出す。千八百五十年の人口は二千一百七十一万人あり。之を二百三十三に分て九万三千百七十となる。故に国内の人民九万三千百七十人の内より一人を出すの割合なれば、各州人口の多寡に由て撰挙の数一様ならず。撰挙の定律は年二十五歳に満たざる者及び合衆国の戸籍に入て七年を経ざる者を禁ず。下院の議事官は、諸有司の過失を論じて之を廃黜するの権あるは上院と同様にして、特に銭穀の権柄を執る。

議事院の会同は毎年第十二月初旬月曜日を以て例日とす。上下院各々其議事官の内より一名を推て上席となす。上院の上席は即ち副統領なり。又国政の事柄各異なるに従て両院共に其主役を命ず。此主役も入札を以て議事官の内より撰挙するなり。

議事官の給料は、両院共一人に付一日8「ドルラル」と、別に旅行の雑費として二十人毎に八「ドルラル」を与え、両院の上席は一日に十六「ドルラル」を与う。

毎事其可否を論じて既に一定すれば、之を一国の法律となして国中に施行するの権は大統領の手に在り。大統領の在職は四年を限とす。其給料一年二万五千「ドルラル」。此撰挙に当る者は、合衆国の産にして年三十五歳に満ち生来本国に住居すること十四年より少なかる可らず。大統領の職掌は合衆国海陸軍の総都督にして、上院の議事官と同議し、外国と条約を結び、文武士官を命ずるの全権あり。又上下院にて既に議定せる事にても、大統領に於て異存あれば一人の特権を以て之を拒み、両院に下して再議せしむべし。但し之を再議し、両院の議事官総人数の内、三分の二にて同意一定するときは、仮令い大統領の免許なくとも定て法と為すべし。

大統領附属の国老六名あり。第一大閣老、第二国用の出納を司る執政、第三軍務を司る執政、第四海軍を司る執政、第五飛脚場の事務を司る執政、第六刑罰の事を司る執政、是なり。其給料一年六千「ドルラル」。在職の年限なし。

右は合衆国の中心たる華盛頓府の政治なれども、国内一州毎に各々議事局を設け、人物を撰挙して評議官を命じ、一州内の政を施すに於ては自から独立の体裁をなせり。但し外国と条約を結び、強償の令を出し
”非常のとき、一国の主長より其臣民へ免許状を渡し、海上に於て敵国の船を取押え、強いて味方の損失を償わしむることあり。之を強償の令と云う。以下同じ。”
貨幣を造り、銀券を出し、縉紳の爵位を許す等の権は、各州に禁ずる所なり。


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