【現代表記】 福沢諭吉 「ライフル操法」 (巻の1 訳例)

底本には小泉信三監修『福澤諭吉全集』第二巻(再版)所収の「雷銃操法」を使用した。


訳例

一 大小砲術の書、先哲の訳を経て、その訳字も妥当せりといえども、あるいは書中に其訳字あるのみにて、砲術の稽古場にては其名を唱えざるもはなはだ多し。たとえばハムマルとう原語を、訳書中には鶏頭とるしたれども、稽古場にてはこれを打金と唱え、調練のとき号令するにも打金云々うんぬんと呼ぶ。すればこの鶏頭の字は、ただ訳文の体裁を飾るのみにて、実用にはやくなく、かえって混雑を生ずることあるべし。畢竟ひっきょう翻訳家の漢文に拘泥こうでいしたる不調法ぶちょうほうなり。故に今が此小冊子を訳するに、古来の訳例にかかわらずしてもっぱら通俗の語を用いたるは、無学の歩兵にも書を読ましめんとほっするの趣意なり。世人せじんみだりに訳文の巧拙を論ずるなかれ。

一 雷銃ライフル諸部分の名目等は書中に図解あり。今其外そのほかの訳例を左に示す。

 一 ライフル 雷銃(筋入りの小銃なり。蘭名ミニーゲウェールと云う。今仮に雷銃と訳す。書中に小銃とい手銃と云うも、みな筋金入りのライフルなり。近来西洋にては円き玉を打つ旧式の小銃を廃せり。)

 一 バタリヨン 大隊

 一 コムパニ 中隊

 一 プラトーン 小隊(蘭ペロトン)

 一 コムマンジング・オフィシル 指揮官

 一 インスペクトル・オフ・モスケットリ 銃術鑑察司

 一 インスペクトル・ゼネラル 同大鑑察司

 一 カピタン 甲比丹

 一 ソブアルテルン 甲比丹並

 一 オフィシル・インストリュクトル 師範役

 一 コムマンドル・イン・チーフ 総都督

 一 セルゼアント・インストリュクトル 指図役

 右のほかは大抵原語のままるし、語の下に割註わりちゅうを附してこれを弁解す。

慶應2年丙寅ひのえとら9月福沢諭吉 誌

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?